観濤所 -水戸八景の番外地- ~東日本大震災で碑覆堂が崩壊する
平磯の海岸線、通称「大ちゃん通り」を北上していくと左手に小高い山が見えます。
太平洋を見渡す「観濤所」(かんとうじょ)は、水戸9代藩主徳川斉昭に「九つ目の水戸八景!?」、「水戸八景の番外地」として碑を建てさせたと言います。
市文化財指定 昭和46年09月21日 名勝・工芸品
所在地 ひたちなか市磯前町3602
江戸時代の天保04年(1833)頃、9代藩主徳川斉昭(烈公)がこの地を訪れ、聞きしにまさる壮大な景観に感動し、水戸藩内随一の波浪の見どころとして「観濤所(かんとうじょ)」と命名し、水戸八景の番外景勝地として碑を建てさせたといわれています。
碑は、江戸時代から磯前石として広く知られた海岸の自然石を用い、碑面には斉昭公自筆の隷書が刻まれています。
昭和10年に、この碑を風化から保護するために、当時の平磯町で大谷石による碑覆堂(ひふくどう)を造りました。
当地を訪れた多くの文学者達もこの観濤所を高く評価し、明治時代の文豪大町桂月(おおまちけいげつ)の紀行文「水戸の山水」や、菊池幽芳(きくちゆうほう)の小説「乳姉妹(ちきょうだい)」などの作品にも描写されています。
立派だった碑覆堂
「観濤所の碑」を覆っていた「碑覆堂」は平成23年03月11日の東日本大震災で倒壊し、修理不可能となってしまったため、止むなく撤去しました。現在は石碑に強化薬剤による処理と撥水処理を施し保護しています。
観濤所は高台にあり、水戸9代藩主徳川斉昭(烈公)が建てさせた「観濤所」の碑はその昔、りっぱな「碑覆堂」を覆われていました。東日本大震災でその碑覆堂は崩壊し、撤去されました。現在は「観濤所」の碑がむき出しとなっていますが、表面処理などを施しています。
アクセス : 観濤所
名称:観濤所 (かんとうじょ)
住所:茨城県ひたちなか市磯前町3602
※最寄り駅をひたちなか海浜鉄道 磯前駅(東側)としています。GoogleMapでのアクセスルートは遠回りだとおもいます。徒歩の場合、北側「中生代白亜紀層」経由で訪問した方が、近道です。
#観濤所 かんとうじょ#水戸八景 番外地#茨城県央の自転車旅19 pic.twitter.com/50qQYw5ziO
— 旅人幸甚 @新治郡千代田村 (@brand_kas) January 13, 2019
Powered by Studio Ibaraki Daisuki co.Ltd,
…
この観濤所には以前来たことがある気がするんだけど、そのとき撮影した「碑覆堂」の写真が見つからなかった~💦 大谷石で造られた碑覆堂も立派で、見ようによってはその碑覆堂自体が「観濤所の碑」のようにも感じられる造作物でした。