茨城百景_龍神峡と安寺持方

茨城百景_龍神峡と安寺持方

茨城百景 名称 龍神峡と安寺持方
読み方 りゅうじんきょうとあでらもちかた
包括風景 龍井城址,亀ケ淵鉱泉,龍ケ淵,龍ケ馬場,武生神社,白木山,籠岩山
地域 茨城県常陸太田市 / 水府村
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 龍神峡と安寺持方
説明
関連リンク
注釈 竜神峡と安寺持方. 竜神峡
050425 竜神峡大吊橋 鯉のぼりと亀ヶ淵
181125 #常陸太田と奥久慈ロード18
181124 #常陸太田の旅17

 

龍神峡 / 竜神峡

竜神峡大吊橋〔茨城県常陸太田市天下野町〕

竜神峡大吊橋〔茨城県常陸太田市天下野町〕

茨城百景のひとつに「竜神峡」があります。
多くの人は、竜神峡に架かる「竜神大吊橋」からの眺めを見て、茨城百景であると認識します。
しかし、竜神峡の大吊り橋は、平成06年(1994)に完成した構造物です。政治家の梶山静六氏の労によるものです。
茨城百景は、昭和25年に制定されました。茨城百景の昭和25年は、竜神峡には大吊り橋はありませんでした。
この竜神ダムは竜神渓谷、山田川支流の竜神川を堰き止め、昭和54年(1979)に完成しました。
かつてこの地には村があり、渓谷美を楽しめたと言います。その姿が、本来の茨城百景竜神峡なのです。

安寺持方

安寺地方の文字がある看板

安寺地方の文字がある看板

竜神峡、竜神大吊橋から北へ5キロの山間部が、安寺持方(あでらもちかた)地方です。
かつては男体山や武生山などの山々に囲まれた人里離れた山奥の村(安寺村、持方村)でした。現在は道路が整備され、容易に訪れることができるようになっています。
この地方には、言い間違い、聞き間違いでお殿様を誤った方法でもてなしてしまう、変わった民話が残っています。

龍井城址

〔誠意調査中〕

亀ケ淵鉱泉

亀ヶ淵〔茨城県常陸太田市下高倉〕

亀ヶ淵〔茨城県常陸太田市下高倉〕

県道33号から竜神ダムを横目に、竜神峡沿いの徒歩自転車道を4キロ西へ進みますと、亀が淵〔茨城県常陸太田市下高倉〕があります。
竜神峡の代表的な淵の一つであり、水が流れおち、つぼ状になっています。

 

龍ケ淵

〔調査中〕

龍ケ馬場

〔調査中〕

武生神社

武生神社

武生神社 鳥居

武生神社 鳥居

竜神大吊橋から北へ2キロの山間部にあるのが、武生神社〔茨城県常陸太田市下高倉町〕。武生は「たきゅう」と読みます。「滝生」と書かれた時代もありました。

武生神社 拝殿〔茨城県常陸太田市下高倉町〕

武生神社 拝殿〔茨城県常陸太田市下高倉町〕

神武天皇の頃、大戸通命(おおとのじのみこと)が社の西北の山頂に降臨され、大宝元年(701)役小角(えんのおづぬ)がこの地に遷したと伝えられています。大同元年(806)坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際、武運長久を祈願して本殿を修築し、「やぶさめ」の神事を奉奏したといいます。
現在の本殿(市指定文化財)は天明06年(1786)の再建です。仁王像は正徳06年(1716)に完成したとされ、作者は大仏師雲恵であると伝えられています。

太郎杉

太郎杉

太郎杉

推定樹齢約800年、高さ35メートル、周囲約5メートル。同年代の巨杉の縁木であったため、横枝がなく、反対側に大きく突き出しています。市天然記念物。

 

白木山

「白木山」の看板がある入口

「白木山」の看板がある入口

〔調査中〕

籠岩山 / 篭岩山

水郡線西金駅から東へ4キロの位置にあるのが、籠岩山/篭岩山(かごいわさん)〔茨城県久慈郡大子町北富田〕。
標高501.4メートルの山を「篭岩山」とする見方と、カゴの目状に開いた岩峰を「篭岩」と見る見方があります。

 

 

 

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