茨城百景_袋田温泉と四度滝

茨城百景_袋田温泉と四度滝

茨城百景 名称 袋田温泉と四度滝
読み方 ふくろだおんせんとしどのたき
包括風景 生瀬滝,月居山,月居観音,四度岳
地域 茨城県大子町
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 袋田温泉と四度瀧
説明
関連リンク
注釈

 

袋田温泉

袋田温泉 / 豊年万作〔茨城県久慈郡大子町袋田〕

袋田温泉 / 豊年万作〔茨城県久慈郡大子町袋田〕

奥久慈温泉郷は、袋田温泉のほかに、大子温泉、月居温泉、浅川温泉などがありますが、袋田温泉は最も有名な温泉です。
平安時代の開湯といわれ、『田毎の湯』とも呼ばれ、山合いの水田から源泉がわき出ていました。昭和10年にボーリングが成功して源泉を掘り当て、袋田温泉が生まれました。無色透明の炭酸泉です。

 

四度滝 四度の滝 / 袋田の滝

袋田の滝〔茨城県久慈郡大子町袋田〕

袋田の滝〔茨城県久慈郡大子町袋田〕

袋田の滝は幅73メートル、高さ120メートルあまりの日本三大瀑布のひとつとなっています。西行法師が秋の季節に訪れた際、「この滝は四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さは味わえない」といって春、夏、秋、冬と三度の季節にも滝を見に来たので、別名「四度の滝」(しどのたき/よどのたき)とも呼ばれています。

また、滝が四段になっているため「四度の滝」と呼ばれる、と言う説もあります。

かつて厳冬の季節は、袋田の滝は完全氷結しました。しかし、温暖化の影響により滝が完全凍結することは滅多になく、10年に一度くらいの割合で完全氷結するか、しないか、くらいであると聞きます。完全に滝が凍りついた時代には、氷壁登りをする山岳愛好者がいたようです。

西行法師は「花紅葉 よこたてにして 山姫の 錦織なす 袋田の滝」と詠み、徳川家光は「いつの世に 包みおきけむ 人の世に 布引き出す滝の 白糸」と詠みました。

 

生瀬滝

生瀬の滝

生瀬の滝

袋田の滝 観瀑台の場所から橋を渡ると、月居山へとつづく階段(登山道入口)があります。その階段を約20分ほど上った先に、生瀬滝(なませのたき)があります。

 

月居山

月居山から眺める

月居山から眺める

標高約400メートルの月居山(つきおれさん)山頂にあった月居城は、応永年間(1394-1428)に袋田氏が築城し、その後、永禄から天正年間(1558-92)にかけて佐竹氏家臣である野内(やない)氏の居城となり、佐竹氏が秋田移封の際に廃城となりました。

月居観音

月居城の北側には、観音堂(光明寺、天台宗)がありました。
元治甲子の乱(1864)の際、天狗党と諸生党の合戦場となりました。この戦いで観音堂は焼失してしまいましたが、昭和時代になって再建されました。

 

四度岳

袋田の滝は、四つの段差があることからも、「四度の滝」と呼ばれています。

 

 

 

 

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