鹿島神宮の要石~昔より見やすくなった要石

鹿島神宮の要石~昔より見やすくなった要石

鹿島神宮の要石~昔より見やすくなった要石

令和03年02月13日(土)23時08分、福島県沖を震源とする震度6強の地震が発生しました。

ワタクシがいた場所はさいたま市だったので、震源である福島県沖からは大きく離れていた場所でした。
部屋にあったスマートフォン(複数台)の地震速報アラートが一斉に鳴り響いたので、ちょっと焦りました。
また、「アラート後に地震が来る」という正しい順番で体感したことは初めてで、「うわ!ホントに地震が来た!」と思ったのが正直な感想です。

TVでは地震のニュース速報に切り替えられ、主たるニュースが放送されました。

東日本大震災の発生が2011年(平成23年)03月11日ですから、ほぼ「10年後」。
今回の地震は東日本大震災の「余震」とのこと。

被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。


鹿島神宮の要石

『地震』と聞くと思い出すのが、「鹿島神宮の要石」

鹿島神宮 要石 鳥居

鹿島神宮 要石 鳥居

鹿島神宮〔茨城県鹿嶋市〕にある「要石」は、地震を発生させる「地震ナマズ」の頭を押さえつけている、と聞きます。

この「要石」は見た目には数十センチ程度の石肌しか見えませんが、掘り進むとこの石はだんだんと大きくなるとか。水戸黄門、光圀がこの「要石」を掘らせたところ、「七日七夜掘っても掘っても掘り切れず」と伝えられています。

鹿島神宮 要石

鹿島神宮 要石

鹿島神宮 要石 近影

鹿島神宮 要石 近影

 

 

要石
「要石」の説明 板

「要石」の説明 板

神世の昔、香島の大神が座とされた万葉集にいう石の御座とも或は古代における大神奉斎の座位として磐座(いわくら)とも伝えられる霊石である。
この石、地を掘るに従って大きさを加え、その極まる所知らずという。
水戸黄門仁徳録に、七日七夜掘っても掘っても掘り切れずと書かれ、地震押えの伝説と相俟って著名である。
信仰上からは、伊勢の神宮の本殿床下の心の御柱的存在である。

 

芭蕉句碑

鹿島神宮 要石の近くに、芭蕉が詠んだ句の碑があります。

枯枝に 鴉のとまりけり 穐の暮

芭蕉句碑 | 要石広場の一角に、「枯枝に 鴉のとまりけり 穐の暮」。旅人松尾芭蕉先生が詠んだ句碑。

芭蕉句碑 | 要石広場の一角に、「枯枝に 鴉のとまりけり 穐の暮」。旅人松尾芭蕉先生が詠んだ句碑。

「穐(あき)」は秋の旧字であり、この句はこの地で詠まれた句ではないが、状況が似ているので建てられたものと推察される。

 

小林一茶の句

大地震にびくともせぬや松の花

小林一茶が詠んだ句。

小林一茶が詠んだ句。

小林一茶は文化14年05月26日鹿島へ詣で右の句を詠みました。

 

今から15年近く前の 鹿島神宮の要石

今、令和03年(2021)から15年近く前から、鹿島神宮には訪問、参詣しております。
昔の要石はもう少し厳かに祀られており、撮影しづらかったのです。

鹿島神宮 要石 (2006年01月撮影)

鹿島神宮 要石 (2006年01月撮影)

要石の回りを厳重に柵が覆っており、要石を拝見するのに苦労しました。(2006年)

鹿島神宮 要石の「木の鳥居」。

鹿島神宮 要石の「木の鳥居」。

現在の要石の鳥居は石でできていますが、この当時2006年は木製の鳥居でした。

 

茨城県内で見かける「要石」

茨城県内で「要石」と言うと、鹿島神宮の要石だけだと思っていましたが、いくつか発見(?)、見かけたことがあります。

弘道館 鹿島神宮 (水戸市)

割と有名かもしれませんが、弘道館(水戸市三の丸)裏手にある鹿島神宮の要石

磯部稲村神社(桜川市)

桜川市磯部稲村神社境内にも、要石があります。

 

アクセス:鹿島神宮 要石

名称:鹿島神宮 要石
住所:茨城県鹿嶋市宮中2306−1
 ※Google Mapによる掲載ルートはかなり迂回しておりますが、鹿島神宮駅からホテルがんけ横を通り、参道、鹿島神宮拝殿を通り、奥宮から要石、と進むとよろしいと思います

 

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〔 この項おしまい 〕

 

 

 

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