茨城百景_神峰ハイキングコースと大煙突

茨城百景_神峰ハイキングコースと大煙突

茨城百景 名称 日立の大煙突
読み方 ひたちのだいえんとつ
包括風景 日立鉱山
地域 日立市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 神峰ハイキングコースと大煙突
説明
関連リンク
注釈

 

日立鉱山と日立製作所

久原房之助先生によって設立された日立鉱山が成長を遂げる中、技術の従業員であった小平浪平先生が立ち上げた日立製作所によって、日立は鉱山の町から技術の町、世界の日立へと成長しました。

日鉱記念館<br>日立駅から大雄院、本山と上ってくると、日鉱記念館があります。ここは日立鉱山が開山した際の、第一竪坑があります。工業都市日立の歴史や現JX金属グループの歴史を学ぶ事ができます。入館料無料。

日鉱記念館
日立駅、日立市街地から大雄院、本山と上ってくると、日鉱記念館があります。ここは日立鉱山が開山した際の、第一竪坑があります。工業都市日立の歴史や現JX金属グループの歴史を学ぶ事ができます。入館料無料。

 

煙害問題に立ち上がる 関右馬允

日立鉱山が成長する中で、鉱山特有の煙害問題。入四間村(いりしけん・むら)の若者関右馬允(せきうまのじょう)が日立鉱山と話し合いをし、解決に向かって行くストーリーは新田次郎により小説「ある町の高い煙突」として発表されました。また、2019年には映画が公開されます。

小説「ある町の高い煙突」 新田次郎 作<br>日立鉱山側が起こした煙害に対し、入四間村の若者 関右馬允が損害賠償というスタイルで事が進む、他の地域の公害問題と比較し、過激さの少ないやりとりが特異でした。

小説「ある町の高い煙突」 新田次郎 作
日立鉱山側が起こした煙害に対し、入四間村の若者 関右馬允(小説では関根三郎)が損害賠償というスタイルで事が進む、他の地域の公害問題と比較し、過激さの少ないやりとりが特異でした。

 

日立鉱山の生活圏 本山、大雄院

日立市の3/5は阿武隈山脈系の山となります。その本山(もとやま)地域に日立鉱山が設立され、町が形成されました。
全盛期には国鉄日立駅前から鉱物や人々を運ぶ為、鉄道(日立電気鉄道)が走り、大雄院へと繋ぎました。

大雄院(小学校)閉校記念の碑<br>宮田川の流れる、日立の大煙突がある地域。全盛期には1200人もの児童が通う、たいへん賑やかな町が形成されていました。

大雄院(小学校)閉校記念の碑
宮田川の流れる、日立の大煙突がある地域。全盛期には1200人もの児童が通う、たいへん賑やかな町が形成されていました。

 

倒壊してしまった日立の大煙突

日立市民にとって、日立の大煙突は市のシンボルです。誇りです。
平成05年、日立の大煙突は高さ1/3を残し倒壊してしまいます。それを見ていたある市民は、「(煙突は)威厳を持ち、ゆっくりと倒れていた」と証言しています。

倒壊してしまった日立の大煙突<br>平成05年(1993)、高さ三分の一を残し、大煙突は倒壊してしまいました。

倒壊してしまった日立の大煙突
平成05年(1993)、高さ三分の一を残し、大煙突は倒壊してしまいました。

 

今、日立鉱山はJX金属と名を変え、崩れずに残った煙突は部分補修され、今も日立市民を見守っています。

 

《参考》日立鉱山から日立市街地へのダウンヒル

 

 

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