001_茨城百景_偕楽園

茨城百景_偕楽園

茨城百景_偕楽園

茨城百景 名称 偕楽園
読み方 かいらくえん
包括風景 常磐神社,千波湖,桜川,桜山,神崎寺,会沢伯民の墓
地域 水戸市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 偕楽園
説明
関連リンク
注釈

 

偕楽園 概要

JR水戸駅を中心とした市街地の西方約2Kmのところに、金沢の兼六園、岡山の後楽園と並ぶ「日本三名園」のひとつ、国史跡・名勝 水戸の偕楽園(茨城県水戸市)があります。
偕楽園 水戸の梅まつり 撮影会<br>早春の02月下旬から03月下旬にかけ、偕楽園では水戸の梅まつりが催されます。期間中1日だけ梅大使やモデルによる撮影会が行なわれます。

偕楽園 水戸の梅まつり 撮影会
早春の02月下旬から03月下旬にかけ、偕楽園では水戸の梅まつりが催されます。期間中1日だけ梅大使やモデルによる撮影会が行なわれます。

水戸偕楽園は水戸藩九代藩主、徳川斉昭(なりあき)先生が、「士民と偕(とも)に楽しむ場」として、1842年(天保13年)千波湖をのぞむ台地に造られました。
天保年間(1830-44)に軍用の非常食用に植えられ、現在では約100種3000本の梅の木を数えます。早春の2月下旬になると早咲きの梅が咲き始め、偕楽園では毎春恒例の「水戸の梅まつり」が催されます。偕楽園の梅は、遅咲きの梅が3月末頃に咲き、約1ヶ月強の期間、梅を観賞しに来園される観光客の目を楽しませます。
偕楽園 梅まつり<br>園内の梅は、早咲きの梅、遅咲きの梅など混合して植えられ、1ヶ月今日の期間中、梅の開花を楽しむ事ができます。

偕楽園 梅まつり
園内の梅は、早咲きの梅、遅咲きの梅など混合して植えられ、1ヶ月今日の期間中、梅の開花を楽しむ事ができます。

 

常磐神社 -祭神 光圀(義公)、斉昭(烈公)

梅まつりに訪れた観光客がまず最初に訪れるのが、常磐神社です。
偕楽園の梅鑑賞も良いですが、まずはじめに常磐神社に訪れ、祭神である光圀(義公)・斉昭(烈公)にご挨拶する事を推奨します。また、常磐神社から偕楽園東門に行く途中には、斉昭公の右腕として活躍した藤田東湖先生を祀る神社、東湖神社があります。
常磐神社<br>徳川光圀(義公)、斉昭(烈公)を祭神に祀る。偕楽園に訪れたらまずはじめにご挨拶をしておきたいところ。

常磐神社
徳川光圀(義公)、斉昭(烈公)を祭神に祀る。偕楽園に訪れたらまずはじめにご挨拶をしておきたいところ。

東湖神社<br>斉昭公の片腕として活躍した、藤田東湖先生を祀る神社。安政の大地震(1855)で亡くなる。

東湖神社
斉昭公の片腕として活躍した、藤田東湖先生を祀る神社。安政の大地震(1855)で亡くなる。

 

水戸の梅まつり

梅まつりの期間中、水戸の梅大使(例年10名が選出されます)や水戸のご老公たち(水戸光圀や助さん、格さん)に扮した役者さんによる記念撮影、お茶会など、来園者をもてなします。

水戸の梅大使による撮影会<br>梅祭りの期間中、一日だけ『大撮影会』が催されます。

水戸の梅大使による撮影会
梅祭りの期間中、一日だけ『大撮影会』が催されます。

水戸光圀一行による撮影会<br>光圀公、助さん、格さんたちによる記念撮影。係の人が記念撮影をしてくれます。

水戸光圀一行による撮影会
光圀公、助さん、格さんたちによる記念撮影。係の人が記念撮影をしてくれます。

 

好文亭

偕楽園で目にするのは、好文亭。木造2層3階建ての好文亭は徳川斉昭公自ら設計したものと言われています。2006年頃に一度、屋根を葺き替え、金色に輝いていましたが、2018年現在は落ち着きを取り戻しています。園内で唯一、入園料がかかる場所。

好文亭<br>斉昭公が設計したとされる、3階建ての木造家屋。2006年頃に一度、屋根を葺き替えました。その時は写真のように、黄金に輝いていました。

好文亭
斉昭公が設計したとされる、3階建ての木造家屋。2006年頃に一度、屋根を葺き替えました。その時は写真のように、黄金に輝いていました。

 

偕楽園には3つの門

偕楽園には3つの門があります。常磐神社方面から入る「東門」がメジャーで、多くの来園者はこの東門から園内に入る事でしょう。しかし、本来の正規の入口は茨城県立歴史館に近い「表門(おもてもん)」になります。わらぶきの屋根。また、先の東門と表門の中間部分に「御成門(おなりもん)」があります。こちらは明治天皇が偕楽園に訪問された際に、「混乱を避ける」名目で造られました。

偕楽園 表門(おもてもん)<br>こちらの表門が、偕楽園の本来の入口となります。茨城県立歴史館寄りにあります。

偕楽園 表門(おもてもん)
こちらの表門が、偕楽園の本来の入口となります。茨城県立歴史館寄りにあります。

偕楽園 東門<br>JR常磐線 偕楽園臨時駅やバス停、常磐神社、偕楽園レストハウスなど寄りの最もメジャーな入口。

偕楽園 東門
JR常磐線 偕楽園臨時駅やバス停、常磐神社、偕楽園レストハウスなど寄りの最もメジャーな入口。

偕楽園 御成門(おなりもん)<br>明治天皇が偕楽園に訪問(行幸)される際、「混乱を避ける目的」で造られた門。

偕楽園 御成門(おなりもん)
明治天皇が偕楽園に訪問(行幸)される際、「混乱を避ける目的」で造られた門。

 

高台から望む、千波湖

高台からは千波湖、右に目をやると茨城県護国神社(桜山)があります。
千波湖は水戸市民の健康を目的に、湖に沿うようにマラソンコース、サイクリングコースが設置されています。湖畔にはボート乗り場があり、近くの千波公園にはD51が生態保存され、大人から子供まで楽しむ事ができます。
水戸 偕楽園から眺む、千波湖<br>偕楽園は高台にあり、千波湖を見下ろすように眺める事ができます。

水戸 偕楽園から眺む、千波湖
偕楽園は高台にあり、千波湖を見下ろすように眺める事ができます。

茨城県 護国神社<br>茨城県下の戦没者を祀る神社。春先には桜の木が咲き誇ります。

茨城県 護国神社
茨城県下の戦没者を祀る神社。春先には桜の花が咲き誇ります。

 

水戸八景と大日本史と正岡子規の句碑

偕楽園は斉昭公により『水戸八景』の一つ「僊湖暮雪(せんこのぼせつ)」として定められています。また、光圀公が編集に着手し継承され250年かけて作られた『大日本史』が完成したのも偕楽園です。正岡子規は偕楽園でこのように句を詠みました。
―崖急に 梅ことごとく 斜めなり

水戸八景 僊湖暮雪(せんこのぼせつ)。水戸九代藩主徳川斉昭が水戸藩の敷地内八か所の景勝地を選定しました。

水戸八景 僊湖暮雪(せんこのぼせつ)。水戸九代藩主徳川斉昭が水戸藩の敷地内八か所の景勝地を選定しました。

徳川光圀公が着手した『大日本史』は250年の年月をかけ継承し、明治39年この地、偕楽園で完成しました。397巻。

徳川光圀公が着手した『大日本史』は250年の年月をかけ継承し、明治39年この地、偕楽園で完成しました。397巻。

明治時代を代表する俳人、正岡子規が偕楽園で詠みました。「崖急に 梅ことごとく 斜なり」。

明治時代を代表する俳人、正岡子規が偕楽園で詠みました。「崖急に 梅ことごとく 斜なり」。

 

 

 

 

 

 

 

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