35年目の日航機123便墜落事故

35年目の日航機123便墜落事故

35年目の日航機123便墜落事故

 

今年令和02年(2020)は、08月の初めまで「冷夏」を思わせるほど、雨や曇りの日が続きました。
九州地方では“線状降水帯現象”により、九州の一部分を何度も何度も豪雨で脅かし、多くの命を奪いました。

梅雨が明けると一転、関東地方は40度近い気温となり、熱中症で多くの人々を苦しめます。
また、春先から続く、「新型コロナウイルス」も日本を含めた世界の人々を恐怖に陥れています。


 

今から35年前の日航機123便墜落事故

今から35年前の1985年(昭和60年)。

茨城県(現在の)つくば市御幸が丘にて、科学万博つくば’85 / 国際科学技術博覧会 / EXPO’85が催され、プロ野球では阪神タイガースが日本一になるなど、たくさんの話題で盛り上がりました。

 

その中で、衝撃的で忘れることができないのが35年前の今日、08月12日に発生した『日航機123便墜落事故』です。群馬県の御巣鷹山(とされる場所)の御巣鷹の峰に、乗客乗員520名(521名説もあります)を乗せた日航機123便が墜落したのです。

この事故には、様々な陰謀?、事件?説が存在しますが割愛します。

のちに新たになる、操縦室での機長や副機長たちの壮絶なる葛藤。
ダッチロール飛行などで恐怖を味わった乗客や乗務員達。
その壮絶な様は、多くの書籍やドラマ化などで知ることができます。

 

14年前の2006年に書いた、日航機墜落事故のこと

 

今から14年前の2006年に、日航機の墜落事故について、ブログで下記のように書きました。

2006年08月12日のブログ記事

2006年08月12日のブログ記事

2006年08月12日のブログ記事

2006年08月12日のブログ記事

21年前のあの夏 日航機が墜落した 〔2006年08月12日〕

日航機墜落事故で無くなられた坂本九さんの記念碑 〔茨城県笠間市〕

日航機墜落事故で無くなられた坂本九さんの記念碑 〔茨城県笠間市〕

今年も8月12日がやって来ました。
21年前、現在の茨城県つくば市で、『科学万博-つくば’85(EXPO’85)』が開催されました。日本全体がお祭りに包まれる8月、悲劇はTVの臨時ニュースから流れてきました。。
※写真は日航機墜落事故で無くなられた坂本九さんの記念碑〔茨城県笠間市

 

日航機がレーダーから消失。墜落の可能性あり。

臨時ニュースに、(不謹慎ながらも)注目が集まり、その後の事故の流れはリアルタイムに放送され、翌日の新聞には『日航機123便 墜落』の記事が踊りました。。。

犠牲者の中には、阪神タイガースの球団関係者や、歌手の坂本九さんなどがおられました。
後ほど出てきた犠牲者たちの絶筆に、言葉も出ませんでした。。

 

明石家さんまさんも事故に巻き込まれる可能性があった

最近知った話としては、お笑いの明石家さんまさんも、この事故に紛れ込む可能性があったということ。さんまさんはこの事故についてほとんど話をされませんが、当時さんまさんは東京-大阪間の移動を飛行機でされていたそうです。1985年8月12日は、いつものスケジュールより時間が早く進み、飛行機の便を1便早くしたとか。その結果、事故に巻き込まれることはありませんでしたが、事故直後は心身衰弱の状態に陥ったそうです。。それ以来、さんまさんは東京-大阪間の移動は新幹線にしているとの事。。

 

日航機123便墜落事故 関連書籍

日航機123便墜落事故 関連書籍

あんな事故を二度とは起こしてはいけない。
そう誓ったあの夏から21年の年月です。

この記事を書いている時、今年もまた、雷による停電が起きました。。この記事を書くことがタブーなのか、そう思うこともありましたが、書くことで忘れてはならない思いを再認識する必要があると思い、今年も書きました。。

 

 

08月12日に雷で停電になる偶然

 

ブログを読んで気づいたのですが、あの日もまた、「雷による停電」が起きていたんですね。

今日、2020年08月12日午後、関東地方ではゲリラ豪雨が発生しました。
落雷も発生し、何度かカミナリによる停電が発生しました。

この08月12日に発生する雷による停電に、何らかの思いのようなものを感じました。

 

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