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茨城百景 名称 釣の十六島と横利根の閘門
読み方 つりのじゅうろくしまとよことねのこうもん
包括風景 水神,上ノ島,役前,ごぜ沼,ばなな川,石納,大重橋等の釣場
地域 茨城県稲敷市 / 東村・東町・新利根村
碑の現存 不明

※「茨城百景巡歴」(室伏勇 著/P180)では、手書きの地図が掲載され、「茨城百景」の文字の記載がある。

実際の碑への記載 ‘*****
説明
関連リンク
注釈

 

十六島

十六島は、利根川下流域の茨城県稲敷市と千葉県香取市両地区の、新田開発による集落を総称した地域名です。
かつては水路が縦横に張り巡らされていましたが、現在は埋め立てられ水路は道路に変わり、風景は変わりました。

十六島 地域の風景<br>茨城県稲敷市と千葉県香取市一帯の新田開発による集落の総称。遠くに筑波山が見える。

十六島 地域の風景
茨城県稲敷市と千葉県香取市一帯の新田開発による集落の総称。遠くに筑波山が見える。

 

横利根閘門(重要文化財)

霞ヶ浦から太平洋に流れている川が常陸利根川。脇に利根川へと繋がるのが横利根川。

横利根水門(茨城県潮来市)<br>霞ヶ浦から流れる常陸利根川と横利根側を管理する水門。

横利根水門(茨城県潮来市)
霞ヶ浦から流れる常陸利根川と横利根川を管理する水門。

 

常陸利根川と並行して流れる利根川。
この常陸利根川と利根川を“H”の文字のように横に結んでいる川が、横利根川です。

横利根川の下流、利根川と合流する場所に、横利根閘門(茨城県稲敷市西代)があります。
利根川洪水時に逆流による霞ヶ浦沿岸の氾濫を防止するとともに、水位が高い状態であっても舟運に支障を与えない構造を目的として、大正10年(1921)に完成しました。

 

横利根閘門(重要文化財)<br>かつて水運が盛んだった頃、年間5万隻にも及ぶ船舶の往来がありましたが、現在は年間1~2千隻程度が利用。吾国における土木技術史上、煉瓦造閘門の一つの到着点として認められ、平成12年05月に重要文化財に指定されました。

横利根閘門(茨城県稲敷市西代 / 重要文化財)
かつて水運が盛んだった頃、年間5万隻にも及ぶ船舶の往来がありましたが、現在は年間1~2千隻程度が利用。我が国における土木技術史上、煉瓦造閘門の一つの到着点として認められ、平成12年05月に重要文化財に指定されました。

 

閘門の構造等

横利根閘門は合掌扉複閘式として大小8枚の鋼製門扉を備え、閘門の有効長300尺(90.9m)、幅員36尺(10.9m)、閘門の深さ約8.6尺(2.6m)で、当時運航していた船舶の中で最大級であった「通運丸」や「銚子丸」などの大きさを基に設計されていました。

 

 

茨城百景碑の存在、設置場所について

茨城百景「釣の十六島と横利根閘門」は、現時点では存在は確認されていません。室伏勇先生の著書「茨城百景巡歴」(P180)では、手書きの地図で「茨城百景」碑の記載があります。

茨城県内の他地域の事例でもあるとおり、もしかすると碑は、異なる場所に移設されているか、開発の名の下に破棄されてしまっている可能性があります。

そのような環境の中、自分的には
・セブンイレブン 茨城東西代店( 茨城県稲敷市西代1581-1)
・西代のお堂()
・調法寺(茨城県稲敷市西代1691)
・西代水神社(稲敷市西代1677番地)
辺りに移設されているのでは無いか?と考え、調査しました。

現時点(17年06月17日現在)、「セブンイレブン」「西代のお堂」「調法寺」を調査した限りでは、茨城百景の碑を探し出すことはできませんでした。

 

セブンイレブン茨城東西代店前の国道51号線<br>「茨城百景巡歴」(P20)では、国道125号線と交わる、この辺りに茨城百景の碑があることになっています。

セブンイレブン茨城東西代店前の国道51号線
「茨城百景巡歴」(P20)では、国道125号線と交わる、この辺りに茨城百景の碑があることになっています。

 

また、包括風景に指定されている、 「ぜ沼」、「ばなな川」、「大重橋」などは地名(構造物名)であることから見つけることが可能であると推測。将来的に確認してみたい事柄のひとつです。

 

 

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