茨城百景_鷲子山と三浦杉

茨城百景_鷲子山と三浦杉

茨城百景 名称 鷲子山と三浦杉
読み方 とりのこさんとみうらすぎ
包括風景 諏訪神社
地域 茨城県常陸大宮市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 鷲子山と三浦杉
説明
関連リンク
注釈

 

鷲子山と三浦杉

鷲子山/鷲子神社

鷲子山上神社 〔茨城県と栃木県の県境〕

鷲子山上神社 〔茨城県と栃木県の県境〕

茨城県常陸大宮市(旧・那珂郡美和村)と栃木県那須郡那珂川町馬頭(旧・那須郡馬頭町)の間にある、標高468メートルの山。県境の山頂には鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)があり、境内を二分しています。社務所は参道の両側にふたつあり、宮司も別です。鷲子は「鷲子紙(鳥子紙)」という和紙で有名です。

鷲子山上神社は大同02年(807年)、土地の人宝珠承認により創建されました。神社の本尊は製紙・殖産の神として天日鷲命(あまのひわしのみこと)が祀られています。後に、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が併せ祀られます。

鷲子山上神社 山門と拝殿

鷲子山上神社 山門

鷲子山上神社 山門

鷲子山上神社 拝殿

鷲子山上神社 拝殿

本殿は天文21年(1552年)に再建された後、江戸時代中期の天明08年(1788年)に現在の建物になりました。文化12年(1815年)に再建された山門の随神門と共に銅板葺。鎌倉幕府ほか、徳川幕府、および民衆の厚い信仰により栄えました。

鷲子祇園祭

令和元年 鷲子祇園祭

令和元年 鷲子祇園祭

七月の夏まつり(鷲子祇園祭)では、地区ごとに提灯や人形を飾り付けた山車で練り歩きます。

 

三浦杉 / 吉田八幡神社

吉田八幡神社 鳥居 〔茨城県常陸大宮市小田野〕

吉田八幡神社 鳥居 〔茨城県常陸大宮市小田野〕

県道29号の三浦杉公園〔茨城県常陸大宮市小野田〕の交差点から北に100メートルの場所に、吉田八幡神社があります。かつては永福寺と呼ばれていましたが、徳川光圀が神社にしました。

約100段の石段を上がると、拝殿に向かう階段の両脇に、杉の巨木がまっすぐに天高く立ち上がります。推定樹齢は800年、樹高58メートルの三浦杉(県天然記念物)です。

茨城百景 三浦杉 〔茨城県常陸大宮市小野田〕

茨城百景 三浦杉 〔茨城県常陸大宮市小野田〕

伝説では、近衛天皇の久寿02年(1155年)、相模の三浦大介基安(みうらおおすけもとやす)が勅命を受けて下野那須野の悪ぎつねの退治に向かうとき、吉田神社にスギを植え、祈願したところ成就したと言われています。もともと「鎌倉杉」と呼ばれていましたが、2代藩主徳川光圀の名により、「三浦杉」と名づけられました。

かつては拝殿まで上ることができましたが、杉の落ち枝が危険であることから、平成13年(2001年)から石段途中までで進入禁止となっています。

 

諏訪神社

諏訪神社 拝殿〔茨城県常陸大宮市高部〕

諏訪神社 拝殿〔茨城県常陸大宮市高部〕

県道29号を常陸太田方面へ進み、県道32号(大子美和線)を1キロほど北上した東河戸川沿いに、諏訪神社があります。

806年(大同元年)、信濃国諏訪神社大社の武御名方命(たけみなかたのみこと)、八坂刀売命(やさかひめのみこと)を分遷し創建されました。高部村、入檜沢村の鎮守。

1387年(嘉慶元年)、落雷により社殿などを焼失しましたが、再建された棟札があります。現在の本殿は、1721年(享保06年)完成されたもので、二間社流造銅板葺、向拝唐破風の建物です。

 

 

 

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