茨城百景_保和苑と藤田東湖の墓

茨城百景_保和苑と藤田東湖の墓

 

茨城百景 名称 保和苑と藤田東湖の墓
読み方 ほわえんとふじたとうこのはか
包括風景 二十三夜尊,水戸志士の墓,(水戸市,酒門村)
地域 水戸市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 保和苑と藤田東湖の墓
説明
関連リンク
注釈

 

大悲山保和苑桂岸寺 保和苑

JR常磐線水戸駅からバスで約20分。最寄りのバス停から徒歩5分、谷中の二十三夜尊で知られる大悲山保和院(だいひざんほわいん)桂岸寺(真言宗)があり、その境内の中に保和苑はあります。水戸藩主老中中山信正の供養の為、子の信治が建立しました。
大悲山保和院桂岸寺<br>水戸藩老中中山信正の供養のために、子の信治が建立しました。真言宗。

大悲山保和院桂岸寺
水戸藩老中中山信正の供養のために、子の信治が建立しました。真言宗。

毎年初夏の06月、保和苑では「水戸のあじさいまつり」が催されます。昭和30年代に植えられたあじさい約100種6000株が期間中、園内を彩り観光客の目を楽しませます。また、あじさいまつり期間中、水戸の梅大使による撮影会は人気を博しています。
水戸のあじさいまつり(保和苑)<br>水戸の梅大使による、撮影会。

水戸のあじさいまつり(保和苑)
水戸の梅大使による、撮影会。

常磐共有墓地 ~藤田東湖の墓

桂岸寺の北側に、常磐共有墓地があります。
水戸二代藩主光圀が寛文06年(1666)に開設した藩士の為の共有墓地で、藩の士民が正しい精神生活を送れるよう、葬儀も無駄な費用を使わないで済むよう、葬儀の簡単な義順を定めました。水戸市指定文化財。
墓地には、水戸九代藩主斉昭(烈公)の片腕として活躍した藤田東湖先生の墓、水戸黄門の話で有名な「格さん」のモデルとして有名な安積覚兵衛、安政の大獄や桜田門外の変の関鉄之介、天狗党の乱などで殉死した武士の墓などがあります。
藤田東湖先生の墓<br>水戸藩九代藩主斉昭の片腕として活躍。安政の大地震で亡くなりました。享年50歳。

藤田東湖先生の墓
水戸藩九代藩主斉昭の片腕として活躍。安政の大地震で亡くなりました。享年50歳。

回転神社と回転館

尊皇攘夷を旗印に立ち上がった天狗党の乱。藤田東湖の四男、藤田小四郎や田丸稲之衛門らが筑波三に集い、決起されました。先細りする天狗党は最後、現在の福井県敦賀市にあったニシン倉に逃げ込み幽閉されました。この回転館は昭和35年に解体されるところを水戸市が譲り受け、移築されました。当初は常磐神社の敷地内にありましたが、老朽化により平成元年に整備。その際に、現在の回転神社の敷地内に移築されました。
回転館_常磐共有墓地<br>天狗党の一団が最後を迎えた建物。建物内には当時の烈士の絶筆が残されています。

回転館_常磐共有墓地
天狗党の一団が最後を迎えた建物。建物内には当時の烈士の絶筆が残されています。

 

 

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