茨城百景_吉田神社の見晴台

茨城百景_吉田神社の見晴台

茨城百景 名称 吉田神社の見晴台
読み方 よしだじんじゃのみはらしだい
包括風景 朝日山,薬王院,笠原水源地,吉田古墳,常照寺
地域 水戸市
碑の現存 現存する ※茨城百景 としての記載は無い
実際の碑への記載 吉田神社の見晴臺
説明
関連リンク
注釈

 

吉田神社の見晴台

JR常磐線水戸駅南口から南に約2キロ。吉田台地に吉田神社があります。吉田神社のある吉田台地は かつて、台地の下まで海が来ておりました。
吉田神社 拝殿(茨城県水戸市)<br>常陸國三の宮吉田神社。祭神に日本武尊を祀る。

吉田神社 拝殿(茨城県水戸市)
常陸國三の宮吉田神社。祭神に日本武尊を祀る。

吉田神社の高台から見下ろす、水戸市街地<br>水戸駅より北側の高台エリアは武家の上市(かみいち)と称し、水戸駅から南側のこちらのゾーンを商家の町、下市(しもいち)と呼んでいました。

吉田神社の高台から見下ろす、水戸市街地
水戸駅より北側の高台エリアは武家の上市(かみいち)と称し、水戸駅から南側のこちらのゾーンを商家の町、下市(しもいち)と呼んでいました。

日本武尊が東征(とうせい)の折り、この地に船を停めて台地に立てこもっていた賊を討った後、御旗を朝日に輝かせたと言う伝説があります。そのためこの神社のある丘を朝日山と呼んでいます。
朝日三角山遺蹟<br>参拝道に対して左手に、「朝日三角山遺蹟」と呼ばれる囲いが存在します。囲いの中には吉田神社の祭神である、日本武尊の名が刻まれた碑(祭神日本武尊御遺蹟)が建てられています。

朝日三角山遺蹟
参拝道に対して左手に、「朝日三角山遺蹟」と呼ばれる囲いが存在します。囲いの中には吉田神社の祭神である、日本武尊の名が刻まれた碑(祭神日本武尊御遺蹟)が建てられています。

吉田神社は祭神に日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀り、常陸國三の宮として大きな勢力を持ちました。水戸徳川家の尊崇をうけ、二代藩主光圀が社殿を修築しました。
この吉田神社の参拝堂の入口には、茨城百景の「吉田神社の見晴臺」の石碑が建てられています。しかしこちらの碑には「茨城百景」の文字がない為、正式な茨城百景の碑と判断する事ができません。

薬王院(国重要文化財)

吉田神社から南西に約1キロ、薬王院があります。
薬王院 駐車場の桜<br>薬王院の敷地内に入ろうとしたのですが、入口を見つける事ができず、薬王院の桜の木を撮影しました。

薬王院 駐車場の桜
薬王院の敷地内に入ろうとしたのですが、入口を見つける事ができず、薬王院の桜の木を撮影しました。

薬王院には県指定文化財の仁王門、本堂は火災で焼失しましたが、享禄02年(1529)に水戸城主江戸道泰によって再建されました。春先には桜の花で溢れます。国重要文化財。

吉田古墳(国指定史跡)

薬王院から北へ600m、水戸市立千波中学校前の道を入っていくと、吉田古墳があります。国指定史跡。
千波中学校前の細い道を入っていった先にある為、通り過ぎてしまいます。

この吉田古墳は、千波中学校前の細い道(今撮影しているこの道)を入っていった先にある為見つけにくく、通り過ぎてしまいます。

常照寺

薬王院から東へ600m、常照寺があります。
吉田城跡に光圀が元禄13年(1700)に開基しました。春、参道にはしだれ桜が迎えてくれます。臨済宗。
常照寺のしだれ桜<br>水戸市内には多くの桜の名所が存在します。

常照寺のしだれ桜
水戸市内には多くの桜の名所が存在します。

笠原水道(県史跡)

水戸駅から南へ約3キロ、
二代藩主光圀が湿地帯に造成された下市に飲料水を給する為、設けられた上水道です。
笠原水源地 浴徳泉の碑<br>偕楽園公園の逆川緑地として整備されています。徳川光圀が下市に飲料水を給する為に設けられた上水道です。

笠原水源地 浴徳泉の碑
偕楽園公園の逆川緑地として整備されています。徳川光圀が下市に飲料水を給する為に設けられた上水道です。

現在でも清水がわき出ており、市民はおのおの容器を持参し、水を汲んで持ち帰ります。現在は明治時代に使用されていた竜頭水栓が復元使用されています。
復元された竜頭水栓りゅうずすいせん)<br>明治時代に使われていた竜頭水栓が復元しようされています。この日も、周辺の市民が水を汲みに訪れていました。

復元された竜頭水栓りゅうずすいせん)
明治時代に使われていた竜頭水栓が復元使用されています。この日も、周辺の市民が水を汲みに訪れていました。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です