茨城百景_牛久沼

茨城百景_牛久沼

茨城百景 名称 牛久沼
読み方 うしくぬま
包括風景 泊崎,大師堂,岡見城址,小川芋銭の遺蹟,釣場,猟場金龍寺
地域 茨城県つくば市泊崎 ※碑のある場所 〔龍ヶ崎市、牛久市、つくば市(茎崎町)〕
竜ヶ崎市、牛久町、茎崎村
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 牛久沼
説明
関連リンク
注釈
180826 #綱火高岡流の旅18

 

牛久沼

カッパ伝説で知られる牛久沼は、牛久市の南西に位置し、その水の流れは小貝川へ繋がります。
周囲は25キロありますが、深さは深いところでも3メートルと浅く、現在では小規模な漁業のほか、農業用水として利用されています。
かつての昭和50年代頃までは「浮田」がありました。昭和23年頃は109ヘクタールの浮田があり、田舟と呼ばれる舟で行き来していました。

また、鰻丼は牛久が発祥とも言われています。

泊崎

泊崎から牛久沼を眺める

泊崎から牛久沼を眺める

牛久沼の北側、半島状に突き出した場所が泊崎です。「とまりざき」と書いて「はっさき」と読みます。高台の先には大師堂があり、牛久沼を一望することができます。

大師堂

泊崎大師堂〔茨城県つくば市泊崎〕

泊崎大師堂〔茨城県つくば市泊崎〕

泊崎の大師堂〔茨城県つくば市泊崎〕は、弘法大師が大同年間(806-810)にこの地を訪れ、座護摩を修めたところに建てられたと伝えられています。

弘法大師にまつわる言い伝えがあり、「弘法の七不思議」として語り継がれています。

弘法の硯水

弘法の硯水

○駒の足跡、×木瓜(ぼけ)、○逆松(さかさまつ)、○硯水、×独鈷藤(とっこふじ)、×五葉の杉、×法越(のっこし)。多くが現在は存在しておりません。

 

岡見城址

常磐線牛久駅から東へ3.5キロの高台に、戦国時代の領主岡見氏が築いた岡見城跡がありました。小田原の北条氏と常陸の佐竹氏との戦闘が激しくなる中で、要害堅固な牛久城を築き岡見城から牛久城へ居城を移しました。

 

小川芋銭の遺蹟

常磐線牛久駅の南3キロの高台が牛久城跡です。戦国時代の領主、岡見氏が築きました。天正18年(1590)、岡見氏滅亡後、新田義貞の子孫由良国繁が入城しましたが、元和07年(1621)、嫡子貞繁の相続のときに除封となり廃城となりました。

雲魚亭/小川芋銭記念館〔茨城県牛久市城中町〕

雲魚亭/小川芋銭記念館〔茨城県牛久市城中町〕

その牛久城跡の西500メートルのところに日本画壇の巨匠、小川芋銭(おがわうせん)の最晩年の居住雲魚亭(うんぎょてい)〔茨城県牛久市城中町〕があります。昭和12年09月芋銭婦人と芋銭長男により新地された、画質兼居室です。昭和63年に芋銭三男の遺志により、小川芋銭記念館として牛久市に寄贈されました。

 

河童の碑〔茨城県牛久市城中町〕

河童の碑〔茨城県牛久市城中町〕

雲魚亭の近くに「河童の碑(カッパの碑)」があります。小川芋銭没後の昭和27年(1952)に、有志により建立されました。

 

釣場

牛久沼や小貝川などの釣り場

牛久沼や小貝川などの釣り場

牛久沼には多くの種類の魚が生息しており、今も昔も釣り人たちを楽しませてくれます。
鮭、ウナギ、などもかつては海から遡上してきたようですが、現在は水門などができたため、激減しています。一般的には、鮎、鯉、マブナ、ナマズ、等、むかしから牛久沼に生息する魚が釣れます。ソウギョ、レンギョ、ブラックバス等、外部から持ち込まれた魚も多いようです。

 

猟場金龍寺

金竜寺(金龍寺)〔茨城県竜ヶ崎市若柴町〕

金竜寺(金龍寺)〔茨城県竜ヶ崎市若柴町〕

常磐線佐貫駅を北へ1キロ。旧水戸街道若柴宿の一角に、金龍寺(金竜寺/曹洞宗)〔茨城県龍ケ崎市若柴町〕があります。新田氏歴代の菩提寺で、新田義貞以下、新田氏累代の墓が並びます。

 

 

 

 

 

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