茨城百景_涸沼

茨城百景_涸沼

茨城百景 名称 涸沼
読み方 ひぬま
包括風景 涸沼川,広浦秋月,涸沼の簀巻,弁天の鼻,親沢の鼻,松川居城址,石崎城址,芝崎神社,東永寺の横穴,常光寺,天王崎城址,楠公神社,大戸の桜
地域 茨城県東茨城郡茨城町
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 涸沼
説明
関連リンク
注釈

 

涸沼

涸沼〔茨城県東茨城郡茨城町〕は、水戸市街地から南に約10キロの場所にある、横長の淡水湖です。
水戸八景のひとつ「広浦秋月(ひろうらのしゅうげつ)」でも知られ、涸沼の西、直線上に見える筑波山の風景は、涸沼湖岸のあらゆる場所から観ることができます。

涸沼で捕れるシジミは名産として知られ、涸沼周辺で購入することができます。
一部、サイクルロードがあり、また公園やキャンプ場、バンガロー施設も設置され、アウトドア、スポーツ等、多目的用途で訪れるものを楽しませてくれます。

 

涸沼川

涸沼川 (一級河川)<br>涸沼の西側の涸沼川のヨシ原には、絶滅危惧種のヒヌマイトトンボが生息していると言われています。

涸沼川 (一級河川)
涸沼の西側の涸沼川のヨシ原には、絶滅危惧種のヒヌマイトトンボが生息していると言われています。

昭和46年涸沼で見慣れぬトンボが発見され、調査の結果、新種であることが分かりました。ヒヌマイトトンボと命名され、天然記念物に指定されました。しかし、涸沼沿岸の整備により現象をたどります。残った主も涸沼の西側に流れる涸沼川沿いのヨシ原に追いやられてしまいました。

 

広浦秋月

水戸八景 広浦秋月(ひろうらのしゅうげつ)<br>涸沼越しに見える、筑波山の姿が美しい。

水戸八景 広浦秋月(ひろうらのしゅうげつ)
涸沼越しに見える、筑波山の姿が美しい。

涸沼の湖面に映る中秋の名月の美しさを「広浦秋月」として、9代水戸藩主 徳川斉昭が天保04年に水戸八景のひとつとして選びました。天気の良い日に、遠く見える筑波山は美しい。

 

涸沼の簀巻

〔誠意調査中〕

 

弁天の鼻

〔誠意調査中〕

 

親沢の鼻

親沢の鼻<br>かつて「一つ葉の松」がありました。現在は徳川光圀の詠んだ「親沢の一本松」の句碑があります。

親沢の鼻
かつて「一つ葉の松」がありました。現在は徳川光圀の詠んだ「親沢の一本松」の句碑があります。

涸沼の北西、飛び出した部分が「親沢の鼻」と呼ばれています。
老人が貧しく、子どももいなかったので子ども代わりに育てた「一つ葉の松」。今はもう存在しませんが、徳川光圀が詠んだ「親沢の一本松」の句碑があります。

現在はキャンプ地としても知られ、多くのアウトドア愛好家が訪れます。

 

松川居城址

〔誠意調査中〕

 

石崎城址

石崎城址<br>小高い山の上は住宅が建ち並び、城址としての面影はありません。

石崎城址
小高い山の上は住宅が建ち並び、城址としての面影はありません。

親沢の鼻 がある、親沢公園入口に向かい合わせる、小高い山が石崎城址。現在は一般の住居が建ち並び、石崎城の跡地を思わせるものは見つからない。

 

芝崎神社

芝崎神社<br>涸沼北側の真ん中に位置し、境内からは涸沼を一望するように建てられています。

芝崎神社
涸沼北側の真ん中に位置し、境内からは涸沼を一望するように建てられています。

涸沼自然公園の南側に在する柴崎神社。
涸沼の北側中央にある柴崎神社は広く、涸沼を見渡すように建てられています。
絶滅危惧種として指定されるヒヌマイトトンボは、ここで発見されました。

 

東永寺の横穴

(涸沼の北西側。親沢公園近く。後日訪問予定)

 

常光寺 (常光院?)

常光院の本堂

常光院の本堂

涸沼の南西にある常光院〔茨城県東茨城郡茨城町〕。
本堂は1280年前に創建され、820年前に現在地に移されました。

 

天王崎城址

〔誠意調査中〕

 

楠公神社

(涸沼の西側。後日訪問予定)

 

大戸の桜

茨城百景_大戸の桜

茨城百景_大戸の桜

茨城百景 名称 涸沼
読み方 ひぬま
包括風景 涸沼川,広浦秋月,涸沼の簀巻,弁天の鼻,親沢の鼻,松川居城址,石崎城址,芝崎神社,東永寺の横穴,常光寺,天王崎城址,楠公神社,大戸の桜
地域 茨城県東茨城郡茨城町
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 大戸の櫻
説明
関連リンク
注釈 大戸のサクラ

 

常磐線内原駅と涸沼の中間地点となる、茨城県東茨城郡茨城町大戸に、大戸のサクラがあります。
夷針神社(いはり・じんじゃ)の神官斎藤源八の家にあったことから「源八桜」とも言われています。樹齢およそ500年のシロヤマザクラ。

 

 

 

 

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