茨城観光100選_亀城公園

茨城観光100選_亀城公園

 

茨城百景 名称 桜川堤と亀城公園
読み方 さくらがわつつみときじょうこうえん
包括風景 桜川堤の桜,土浦城址
地域 茨城県土浦市
碑の現存 現存しない ※茨城百景の碑が無いことを、土浦市が公式に認めている
実際の碑への記載 茨城観光100選 亀城公園
説明
関連リンク
注釈 茨城観光百選 碑が存在する。

 

桜川堤

茨城県県南地域を南北に流れる桜川。
この桜川の上流は、桜川市の謡曲桜川( 056 謡曲桜川の桜と富谷観音 )として有名。途中つくば市の泉子育て観音慶龍寺( 085 観音と小田城址 )では、慶龍上人が泉(つくば市)の地に寺を建立した動機づけともなった川です。

桜川堤〔茨城県土浦市有明町〕<br>霞ヶ浦土浦入り方面から桜川上流を眺める。

桜川堤〔茨城県土浦市有明町〕
霞ヶ浦土浦入り方面から桜川上流を眺める。

土浦市まで流れる桜川堤は、春は桜の木が桜川沿いを包み込みます。
夏が終わり、秋となる10月第一土曜日には、全国に名高い花火師達の競演、『土浦全国花火競技大会』が催されます。

 

土浦全国花火競技大会の会場

土浦全国花火競技大会〔茨城県土浦市〕<br>毎年10月第一週土曜日に、桜川河川敷で花火大会が催されます。

土浦全国花火競技大会〔茨城県土浦市〕
毎年10月第一週土曜日に、桜川河川敷で花火大会が催されます。

 

土浦駅 列車三重衝突事故 慰霊碑

桜川が上流から下流へ流れ終わる場所。常磐線の橋が架かるJR東日本土浦寮の敷地内には、『土浦駅慰霊碑』があります。戦時中に発生した列車三重衝突事故により、多くの命が亡くなりました。また、戦時中に起きた事故のため、報道規制により事故の情報が表立つことなく消え入りました。
昭和40年。ときの土浦駅長の努力によって事故現場に木碑が建立。後の昭和60年に永久碑が建立されました。

常磐線土浦駅 列車三重衝突事故 慰霊碑<br>上り常磐線で佐久良川を渡りきった右手に、列車衝突事故の慰霊碑があります。

常磐線土浦駅 列車三重衝突事故 慰霊碑
上り常磐線で桜川を渡りきった右手下に、列車衝突事故の慰霊碑があります。時の国鉄土浦駅駅長が建立に尽力しました。敷地はJR職員寮。

また、この時事故を起こした蒸気機関車「D51651」は、後の『下山事件』(昭和24年/1949)にて当時の国鉄総裁であった下山定則総裁を轢いた同一車両でもあります。

 

亀城公園

土浦駅西口から駅前大通(目抜き通り、中央通り)を歩いて行くこと十五分程度、左手に水辺に囲まれた公園が現れます。
亀城公園。

土浦駅周辺の市街地は水位が低く、かつて霞ヶ浦の水をコントロールできなかった時代がありました。たびたび水害に悩まされ、水害によって浮かぶ陸部分と城部分の様子が「亀の甲」のように見えたことから「亀城」公園と呼ばれるようになりました。

土浦城東櫓(つちうらじょうひがしやぐら)<br>土浦市立博物館の付属展示館としても機能しています。

土浦城東櫓(つちうらじょうひがしやぐら)
土浦市立博物館の付属展示館としても機能しています。

 

本丸跡、二の丸跡が残り、太鼓櫓門、霞門、高麗門などがあります。

土浦城 太鼓櫓門(たいこやぐらもん)<br>現存する櫓門としては、関東地方唯一の物です。

土浦城 太鼓櫓門(たいこやぐらもん)
現存する櫓門としては、関東地方唯一の物です。

以前は公園敷地内に市民プールがありましたが、老朽化のため取り壊され、現在は芝生となっています。

亀城公園_市民プール<br>昭和中期(1960年代)、それまで霞ヶ浦や桜川で泳いでいた子どもたちは水質汚染により、プールの需要が高まっていました。時の土浦市長により、公園内にプールが建設されました。老朽化のため、2006年08月31日閉鎖、取り壊し。

亀城公園_市民プール
昭和中期(1960年代)、それまで霞ヶ浦や桜川で泳いでいた子どもたちは水質汚染により、プールの需要が高まっていました。時の土浦市長により、公園内にプールが建設されました。老朽化のため、2006年08月31日閉鎖、取り壊し。

 

 

 

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