土浦京成百貨店

土浦京成百貨店

科学万博-つくば’85国際科学技術博覧会/EXPO’85)から4年後の1989年。
土浦市街地で3つの指に数えることのできるデパート、土浦京成百貨店(茨城県土浦市)が閉店しました。
私の中で「いばらき」を思い起こすとき、そこに、土浦京成百貨店の最上階にあった「ゲームコーナー」がいつもあります。夏休みとか年末の休みなどの長期休みの時に、よく遊びに連れて来てもらった場所なのです。

土浦京成百貨店跡地は現在、駐車場になっています

常磐線土浦駅 西口から駅前通り(目抜き通り)を10分程度歩くと、「中央大通り商店街」と名付けられたその商店街に、土浦京成百貨店はありました。
現在では京成百貨店跡地は駐車場となってしまい、影形もありません。その決して広くない駐車場スペースが京成百貨店のスペースであったことは、事実です。(なお、駐車場スペースすべてが百貨店跡地ではなく、向かって右側の一部は別の建物があったようです。

土浦駅西口からのびる通りを歩き、高架道路をくぐりさらに歩いていくと、商店街が続きます。 その一角に大徳屋の名前が見える建物があり、その手前の駐車場が、土浦京成百貨店跡地です。

土浦駅西口からのびる通りを歩き、高架道路をくぐりさらに歩いていくと、商店街が続きます。その一角に大徳屋の名前が見える建物があり、その手前の駐車場が、土浦京成百貨店跡地です。

この駐車場幅全部が土浦京成百貨店の跡地ではなく、およそ3分の2の幅が、土浦京成百貨店が所有していた 土地になるものと思われます。

この駐車場幅全部が土浦京成百貨店の跡地ではなく、およそ3分の2の幅が、土浦京成百貨店が所有していた土地になるものと思われます。

現在は、土浦市観光協会が管理する駐車場になってしまいました。

現在は、土浦市観光協会が管理する駐車場になってしまいました。

この「中央大通り商店街」はアーケードになっています。土浦駅とは反対側の、商店街入り口にある看板。

この「中央大通り商店街」はアーケードになっています。土浦駅とは反対側の、商店街入り口にある看板。

商店街アーケードの土浦駅側の看板。アクリルパネルが無くなって壊れています。

商店街アーケードの土浦駅側の看板。アクリルパネルが無くなって壊れています。

京成百貨店跡地近くの駐車場にて「土浦京成百貨店」の名前を発見!

現在は撤退してしまったNTT土浦の前にある駐車場
この駐車場土浦京成百貨店の営業当時から使われていたと思われる、看板を見つけました。

駐車場奥にある、水色に色落ちした看板。

駐車場奥にある、水色に色落ちした看板。

看板はペンキで塗りつぶしてはありますが、「京成お客・・・」の文字が浮かび上がっています。

看板はペンキで塗りつぶしてはありますが、「京成お客・・・」の文字が浮かび上がっています。

下地にうっすらと、「土浦京成」の文字が見て取れます。

下地にうっすらと、「土浦京成」の文字が見て取れます。

 

参考:常陽新聞社 初代社長 岩波健一

この写真を掲載してしまって問題が無ければよいのですが・・・。
土浦を愛した、常陽新聞社(茨城県土浦市真鍋)初代社長 岩波健一の銅像です。

彼が後、10年生きていてくれたなら、土浦市も違う姿になったかもしれません・・・。
残念です・・・。

岩波健一の銅像。<br>この件に関しましては、質問をお受けできません・・・(多分)。

岩波健一の銅像。
この件に関しましては、質問をお受けできません・・・(多分)。

 

このページについて

このページは、2000年08月14日、2002年02月02日、04月20日に取材した内容に基づいて書かれています。
また、本文は当時の原稿を加筆修正している関係で、初出典時と写真や表現が異なる場合がございます。

 

 

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