平成15年度 八坂神社祭礼 土浦祇園祭

平成15年度_八坂神社祭礼_土浦祇園祭

茨城県土浦市県南):2003年07月21日(月)取材

神立駅の珍来で餃子定食を食べ、高浜駅で霞ヶ浦を確認した後、常磐線で再び、土浦駅に戻ってきます。

今日は、「土浦八坂神社神輿巡幸」を追っていくのです。

 

土浦八坂神社の神輿を探す

15時30分頃、常磐線土浦駅に到着。駅東口から続く高架デッキ(ペイデストリアンデッキ)を歩き、ウララ横の階段から降ります。御輿などのイベントの時間でないためか、道路は歩行者天国になっていません。

モール505から続く高架道路(土浦ニューウェイ)下には、祭りの御仮殿が設置されています。

御仮屋<br>土浦ニューウェイ高架下に作られた「御仮屋」。お祭りの雰囲気が少しだけ出てきました。

御仮屋
土浦ニューウェイ高架下に作られた「御仮屋」。お祭りの雰囲気が少しだけ出てきました。

土浦祇園祭 のポスター<br>平成15年度八坂神社祭礼 土浦祇園祭。07月20~22日。

土浦祇園祭 のポスター
平成15年度八坂神社祭礼 土浦祇園祭。07月20~22日。

そのまま中央大通り商店街をまっすぐに歩きます。

桜橋のところまで歩くと警備の人がいます。その交差点を左折すると、土浦まちかど蔵がありました。ああー、まちかど蔵ってWebなどで見たことがありましたけど、ここにあったんですね~ってちょっと感動。これはこれで観光名所です。

 

土浦まちかど蔵<br>土浦市の観光名所。江戸時代後期の呉服屋を改装しました。

土浦まちかど蔵 大徳(土浦市中央)
土浦市の観光名所。江戸時代後期の呉服屋を改装しました。

 

さらに歩いていくと、人が多くなってきました。

ちょうど先ほどまで御輿は市内を巡業していたようで、ここに戻ってきたばかりとのこと。
御輿はただいま休憩時間。つぎは17時20分に再び動きがあるようです。それまで時間をつぶさなければなりません。

櫻橋(桜橋)<br>桜川の水がここを流れていて、川口川へと続き、霞ヶ浦に繋がっていました。

櫻橋(桜橋)
桜川の水がここを流れていて、川口川へと続き、霞ヶ浦に繋がっていました。

神輿 休憩中<br>天候がよくないので、ビニルをかけています。

神輿 休憩中
天候がよくないので、ビニルをかけています。

山口薬局<br>山口薬局は地元の老舗のはず。

山口薬局
山口薬局は地元の老舗のはず。

水戸信用金庫前でも神輿が休憩<br>あちこち歩いていると、また神輿を発見してしまいました。

水戸信用金庫前でも神輿が休憩
あちこち歩いていると、また神輿を発見してしまいました。

「土浦宿」の石<br>土浦宿は日本橋と水戸を結ぶ水戸街道の宿場町としても発展しました。本陣、問屋場、旅籠、商人宿、茶屋などが商家にまじって街道筋にならび、人馬の往来で大いににぎわいをみせていました。

「土浦宿」の石
土浦宿は日本橋と水戸を結ぶ水戸街道の宿場町としても発展しました。本陣、問屋場、旅籠、商人宿、茶屋などが商家にまじって街道筋にならび、人馬の往来で大いににぎわいをみせていました。

釜甚菓子店<br>なつかしのCOSMOS(コスモス)のガチャガチャ?があります。値段が高い方のガチャ。稼働はしていない様子。

釜甚菓子店
なつかしのCOSMOS(コスモス)のガチャガチャ?があります。値段が高い方のガチャ。稼働はしていない様子。

 

寂しい土浦の町並み

土浦駅周辺を歩きます。旧土浦京成百貨店跡地駐車場は無人駐車場になっていました。青い建物の「パチンコ&スロット ドットデル」はテナント募集の看板。つぶれたようです。旧小網屋もあいかわらずベニヤでふさがれています。旧土浦東武ホテルも7時50分で時間が止まったままです。旧西友土浦店もベニヤ。

見上げると雨が止んでいました。

「たのしいショッピング 中央大通り商店街」の看板<br>土浦駅前から続く中央通りには、かつて商店街が形成されていました。

「たのしいショッピング 中央大通り商店街」の看板
土浦駅前から続く中央通りには、かつて大きな商店街が形成されていました。

家庭文化用品の店 オレンジこあみや<br>中央大通り商店街の中でくすんだ雰囲気のある店舗。ずっとシャッターが閉まっています。

ちょっぴりおしゃれな家庭文化用品の店 オレンジこあみや
中央大通り商店街の中でくすんだ雰囲気のある店舗。ずっとシャッターが閉まっています。

土浦京成百貨店 跡地の駐車場<br>以前は管理者のいる駐車場でしたが、無人化されていました。

土浦京成百貨店 跡地の駐車場
以前は管理者のいる駐車場でしたが、無人化されていました。

パチスロ屋 ドットデル<br>パチスロ屋さんも、いつの間にか撤退。玉を出さず?に、自分が出て行くことになるとは。。。

パチスロ屋 ドットデル(.DEL)
パチスロ屋さんも、いつの間にか撤退。玉を出さず?に、自分が出て行くことになるとは。。。

高架(土浦ニューウェイ)下の行灯<br>夜になれば、きれいに灯されることでしょう。

高架(土浦ニューウェイ)下の行灯
夜になれば、きれいに灯されることでしょう。

小網屋<br>シャッターが閉められた小網屋前を、お祭りの出店が準備をしています。

小網屋
シャッターが閉められた小網屋前を、お祭りの出店が準備をしています。

小網屋前の土浦東武ホテル<br>閉鎖された東武ホテルの時計は、相変わらず07時50分をさしたままです。

小網屋前の土浦東武ホテル
閉鎖された東武ホテルの時計は、相変わらず07時50分をさしたままです。

モール505(MALL505)<br>先ほどの桜橋からここまで桜川が流れ、先に続く霞ヶ浦に繋がっていました。

モール505(MALL505)
先ほどの桜橋からここまで桜川が流れ、先に続く霞ヶ浦に繋がっていました。

 

利用されるモール505

モール505イベント広場では、バンドコンサートを開いていました。

関心をもって聴いている人もいれば、祭りの休憩で身を休めている人もいます。モール505がこういう使われ方をするのって、良いと思います。

モール505 イベント広場<br>こういう使われた方をすることに、好感が持てます。

モール505 イベント広場
こういう使われた方をすることに、好感が持てます。

噴水と川のモニュメント<br>モール505の敷地内には(人工の)川が流れ、噴水があります。かつての川口川を模しているのでしょう。

噴水と川のモニュメント
モール505の敷地内には(人工の)川が流れ、噴水があります。かつての川口川を模しているのでしょう。

まだ時間があったので、携帯ショップ脇の自動販売機で茨城新聞常陽新聞を購入。ドトールでちょっとだけ休憩します。その後、イトーヨーカドー本屋で雑誌を購入。まもなく時間になるので、先ほどの御輿があった場所に向かいました。

 

土浦祇園祭 神輿巡幸

動き出す祭り<br>子どもたちが大太鼓を乗せた車を押し始めました。

動き出す祭り
子どもたちが大太鼓を乗せた車を押し始めました。

土浦まちかど蔵の前では、太鼓を乗せた山車女御輿大御輿が待っています。まだ調整中のようで、台座を置いて御輿を休ませています。これらを率いているのは礎会(いしずえかい)だそうです。

出発前に拍子木をひとつ。気合が入ります。
大通り前に山車女御輿大御輿が集結。出発のあいさつが行なわれました。

女神輿<br>女神輿も動き始めました。

女神輿
女神輿も動き始めました。

拍子木を打つ<br>拍子木が打たれると、神輿が動き始めます。

拍子木を打つ
拍子木が打たれると、神輿が動き始めます。

力強い御神輿<br>パワーと声で圧倒的です。

力強い御神輿
パワーと声で圧倒的です。

作品:大神輿と拍子木<br>逆光をわざと狙った撮影作品です。

作品:大神輿と拍子木
逆光をわざと狙った撮影作品です。

まちかど蔵の通り<br>神輿が動き出して、通りに活気が出始めました。

まちかど蔵の通り
神輿が動き出して、通りに活気が出始めました。

 

桜橋の交差点<br>十字路では出発の挨拶が行なわれ、三本締め。

桜橋の交差点
十字路では出発の挨拶が行なわれ、三本締め。

八坂神社役員の記念撮影<br>神輿の前で導く方々です。

八坂神社役員の記念撮影
神輿の前で導く方々です。

 

スポンサーへの挨拶

八坂神社奉賛会の役員を先頭に、土浦駅方面に進み始めます。

ところどころでお店数人の男たちがあいさつに行きます。これはお金を納めたスポンサーにお礼参りをしているそうなのです。気合が入っていてかっこいい~(^^)。

スポンサーへのお礼参り<br>お金(奉納金)を納めた会社、店舗、個人宅にお礼まわりをし、三本締めを行ないます。

スポンサーへのお礼参り
お金(奉納金)を納めた会社、店舗、個人宅にお礼まわりをし、三本締めを行ないます。

神輿を抑える(押さえる)<br>神輿は大きく重く、勢いがつくとどんどん進んでしまいます。そのため神輿を押えて、速度を抑えます。

神輿を抑える(押さえる)
神輿は大きく重く、勢いがつくとどんどん進んでしまいます。そのため神輿を押えて、速度を抑えます。

土浦駅方面に向かう<br>古きもの(神輿)が新しきものに立ち向かう感じで。

土浦駅方面に向かう
古きもの(神輿)が、新しきもの(現代の建築物)に立ち向かう感じ。

神輿は京成百貨店前を通過<br>土浦駅前大通りを、スポンサーに挨拶を入れながら、ゆっくりと練り歩きます。

神輿は京成百貨店前を通過
土浦駅前大通りを、スポンサーに挨拶を入れながら、ゆっくりと練り歩きます。

 

土浦の山車との合流

高架下前(土浦ニューウェイ下前)まで来ると、山車が集合しています。

山車桜町一丁目桜町二丁目桜町三丁目桜町四丁目4基あります。特に一丁目の獅子舞がついた山車は面白いです。スポンサーのお店にあいさつ回りするところが良さげ。
二丁目は「将門(まさかど)囃子杜中」。狐の踊りを披露しています(途中でおかめの踊りと入れ替わります)。
三丁目は「大和囃子杜中」。ひょっとこの踊り。
四丁目は「新川囃子新友組」でおかめが踊りを繰り広げています。

桜町三丁目の山車

桜町二丁目の山車

桜町四丁目の山車

桜町一丁目の山車(幌獅子風)

桜町一丁目の山車(幌獅子風)

獅子が舞い、(→)<br>桜町一丁目の獅子。スポンサーへのあいさつ回りで、店頭で踊ってくれます。

獅子が舞い、(→)
桜町一丁目の獅子。スポンサーへのあいさつ回りで、店頭で踊ってくれます。

(→)赤狐が跳ねる<br>桜町二丁目の赤狐。踊りがシャープでカッコイイです(^^)。

(→)赤狐が跳ねる
桜町二丁目の赤狐。踊りがシャープでカッコイイです(^^)。

桜町三丁目のひょっとこ<br>目線をいただきましたので、UPします(^^;)。

桜町三丁目のひょっとこ
目線をいただきましたので、UPします(^^;)。

御仮屋へ挨拶<br>礎会の男たちが御仮屋に挨拶をしています。

御仮屋へ挨拶
礎会の男たちが御仮屋に挨拶をしています。

作品:立ちふさがるコンクリートの壁を切り開く

 

八坂神社祭礼 土浦祇園祭 神輿と山車の競演

これら2基の御輿と、4基の山車が駅前大通りを進み、ウララの広場に集結します。しばらくばらばらに魅せていましたが、ステージであいさつが始まると一時休止。

あいさつが終わると御輿と山車の競演が始まりました。祭りは一気に盛り上がります。

山車を眺める子ども<br>肩車されたこの子も、いつの日かこの祭りに参加する日がくることでしょう。

山車を眺める子ども
肩車されたこの子も、いつの日かこの祭りに参加する日がくることでしょう。

ステージで祭りの挨拶<br>ウララ前広場に設けられたステージで挨拶。「挨拶終了とともに競演を始めてください」とのスピーチ。

ステージで祭りの挨拶
ウララ前広場に設けられたステージで挨拶。「挨拶終了とともに競演を始めてください」とのスピーチ。

一気に盛り上がる<br>すべての山車が祭り囃子で盛り上がります。踊り狂う獅子、狐、ひょっとこなど。祭りはヒートアップします。

一気に盛り上がる
すべての山車が祭り囃子で盛り上がります。踊り狂う獅子、狐、ひょっとこなど。祭りはヒートアップします。※動画をUPします

記念撮影<br>イトーヨーカドー 土浦店ウララ広場前で記念撮影。

記念撮影
イトーヨーカドー 土浦店ウララ広場前で記念撮影。

おなかが空いたのでたこ焼きを食べる<br>一日ずっと取材だったので、おなかが空きました。

おなかが空いたのでたこ焼きを食べる
一日ずっと取材だったので、おなかが空きました。

こうして茨城土浦の夏が始まります。
この後、御仮殿に移動して祭りが終わっていくのですが、自分の持ち時間が無くなってきたのでここで帰ることにしました。

祭りはヒートアップしていくのに、まだちょっと肌寒い、梅雨寒な土浦です。

土浦のお祭りを後に。。。<br>時間が無くなってきたので、帰ることに。まだまだ祭りは盛り上がっています。

土浦のお祭りを後にします。。。
時間が無くなってきたので、帰ることに。まだまだ祭りは盛り上がっています。

 

≪この項、おしまい≫

 

 


Re:ぶらり茨城(2018年11月22日記載)

【  水戸街道とは知らなかった 】

八坂神社祭礼 土浦祇園祭 へ訪問したのは、この2003年で2回目。
土浦駅前大通り(目抜き通り)をまっすぐ進み、桜橋がある通りが「水戸街道」であることは、このときはまだ知りませんでした。。この道に、土浦まちかど蔵 大徳や野村、山口薬局、矢口家住宅(矢口酒店)など古い建物があることは理解していましたが、なぜこの通りにそんな古い建物が残っているのか? そんなことも知らずに訪問しています(^^;)。

ちょっと知識のある人ならば、建物を見てこの通りが「旧街道」とか「旧道」とか思いつくんでしょうね。後年になって「旧街道」、「旧道」を意識するようになりました。

で、意識して訪問しているレポートの一部抜粋が以下です。

 


↓ 水戸街道 土浦宿


↓ 水戸街道 若柴宿(龍ヶ崎)の手前


↓ 水戸街道 稲吉宿


↓ 水戸街道 終着/起点

自分はあまり、知識を先に詰め込んでから行動に移すことは好きではありません。まずまっさらな状態で素直に見たまま、感じたままを大事にして旅をしています。

ただ、さすがに何度も同じ土地に行くわけにもいかないので、複数回訪問した後はある程度、情報を押えてから訪問するようにしています。

 

このページについて

このページは、2003年07月21日に取材した内容に基づき、2003年12月22日に書かれています。本文は当時の原稿を加筆修正している関係で、初出典時と写真や表現が異なる場合がございます。

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