鹿島鉄道鉾田線 廃線15年の旅22
鹿島鉄道鉾田線 (鹿島鉄道線)は、現在の常磐線 JR石岡駅と、鹿島臨海鉄道 大洗鹿島線の新鉾田駅近くまでをつなぐローカル線でした。もともとは大正13年(1924)の鹿島参宮鉄道として石岡-常陸小川駅間が開業したのは始まりです。鹿島神宮(現在の鹿嶋市)への参宮鉄道として計画された路線でした。
その後、路線は順次延伸されて鉾田駅まで完成したものの、本来の目的であった鹿島神宮までは建設されることはありませんでした。平成時代(1989~)に入り、石岡駅方面がタウン化して新駅が開業することはありましたが、自衛隊百里基地への燃料供給営業(パイプラインの老朽化、廃止)が無くなり経営が悪化。親会社であった関東鉄道の収益減(2005年、ライバル社であるつくばエクスプレスの開業)などもあり、鹿島鉄道は経営を断念。2007年03月を持って廃線となりました。
今年令和04年(2022年)は、鹿島鉄道が廃線となった2007年から『15年』。新型コロナウイルス(COVID-19)の影響もあってか、鹿島鉄道廃線15周年の雰囲気さえ盛り上がりませんでした。
そんな中、私Koujinn(旅人)が「鹿島鉄道鉾田線の現在」を探りに、JR石岡駅の地に輪行で降り立ったのです。
0)常磐線でJR石岡駅に向かう
1)石岡駅 , (石岡駅 鹿島鉄道)
08:25 常磐線 特急ときわは石岡駅ホームに到着。当初、乗換え接続時間が足りず、乗れないと思っていた特急ときわ51号。特急の出発時間1分前に、スマホでえきねっとから特急券を購入できたので、飛び乗るように乗車できたのがラッキーだった。
石岡駅のコンコースから鹿島鉄道線の跡地(今はバスロータリーになっている)を望む。石岡駅の東口に出ると、「つくばエクスプレスを石岡経由で茨城空港へ」の垂れ幕が設置されていた。
これからロードバイクで鹿島鉄道の廃線旅。一方で、TX誘致の垂れ幕とはおもしろい。
そんな自転車の組み立てを行なっていると、眼下、常磐線石岡駅上りホームに企画電車が入線してきました。あれは国鉄カラーの「E653」。
駅の放送で「鎌倉・・・(なんとか)」という案内が聞こえてくるのですが、細かいところまで聞き取れない。後に、SNSで「読売旅行の企画電車」であることを教えていただきました!教えていただき、ありがとうございます!
昨日(2022/11/27)08時40分台に、石岡駅上りホームに入線してきた臨時列車はなんだったんだろう?
— 豆日刊茨城 ツイッター ver. (@_ibaraki_news_) November 27, 2022
「鎌倉」と言っていたような気がするが、調べても見つけられない!#鹿島鉄道鉾田線廃線15年の旅22 . pic.twitter.com/YSmk7Fw2xp
2)石岡南台駅
《石岡南台駅》
最初の駅は、石岡南台駅。俺っちがここ石岡南台駅に来たのは、廃線日(2007年03月31日)以来です。だから15年ぶりの訪問、と言うことになります。
駅周辺は宅地開発による「南台ニュータウン」となっており、住宅地だ。石岡南台駅は平成元年(1989)開業で、鹿島鉄道でもっとも新しい駅だった。そのため、鹿島鉄道の廃線後も、関鉄グリーンバスかしてつバスの停留場として利用されています。
3)東田中駅
《東田中駅》
石岡運動公園に隣接している東田中駅。
4)玉里駅
《玉里駅》
国道355側には、「玉里駅」の案内板があります。この案内板自体は鹿島鉄道が営業していたころからありましたが、表面にラベルが貼られ、新調されています。
5)新高浜駅
《新高浜駅》
新高浜駅は、鹿島鉄道鉾田線が廃線になるまで、俺っちは一度も下車したことの無い駅のひとつ。
6)四箇村駅
《四箇村駅》
四箇村駅は下車したことがある駅です。改めて訪問してみると、ホームが無くなっているので位置関係を理解するのに少々時間が掛ります。
鹿島鉄道鉾田線の乗り潰しをしている2006年当時、四箇村駅の裏手、国道側のラーメン屋さんで食事をしました。当時とはお店は異なっていますが、現在もラーメン屋「青山清湯そば 青ノ樹(AONOKI)」として営業されています。
7)常陸小川駅
《常陸小川駅》
鹿島鉄道鉾田線の基幹駅のひとつだった、常陸小川駅。この常陸小川駅にはつい先日(2019年)、訪問しています。駅前跡地がひろくバスロータリーとして整備され、かしてつバスの停留所として利用されているのはもちろんのこと、茨城空港行きのバスも運行しています。
常陸小川駅(現 小川駅)のロータリーをぐるりと見渡すと、おしゃれなお店が目の前にあります。どうやらケーキ(洋菓子)のお店のようです。洋菓子nagai。
行動食を兼ねて、岩間の栗を使ったモンブランケーキ『岩間栗のモンブラン』をいただきます。甘すぎず、大人な味わいで美味しい。
こちらの洋菓子ながいさんは、鹿島鉄道鉾田線が営業していたころからあったお店だそうです。帰宅後調べてみたら、当時は和菓子のお店「お菓子処 ながい」であることが分かりました。和菓子から洋菓子に変身していたのです。
お店の位置はセットバックしています。旧店舗のあった場所が現在の駐車場の位置だったようです。写真の「長島内科」のプレートがある電柱の位置で把握できます。
8)小川高校下駅
《小川高校下駅》
鹿島鉄道鉾田線が廃線になるか揺らいでいたころ、当時の小川高校の生徒たちが「かしてつ応援団」として活動を行なっていました。当時の活動を知る俺っちにとっては、「鹿島鉄道=かしてつ応援団」であり、また「=小川高校」でもあったのです。
しかしながら、その小川高校最寄り駅である、小川高校下駅には一度も降り立ったことがありませんでした。今回の訪問が、ファーストアタックです。
おそらく、鹿島鉄道鉾田線の廃線後、生々しく当時の面影を残しているのがここ小川高校下駅なのでは無いでしょうか? 更地に撤去されること無く、かといって、きれいに整備されること無く、廃線のそのときのまま、時間が止まっているように感じられます。
地元の小川南病院では、鹿島鉄道鉾田線の気動車「キハ432」を購入して静態展示していることで有名。
9)桃浦駅
《桃浦駅》
鹿島鉄道鉾田線の中で、唯一茨城百景碑が隣接している桃浦駅。俺っちの中では、印象深い駅のひとつであり、桃浦駅の訪問は楽しみにしていました。前回2017年に訪問したときすでに、桃浦駅跡地は土台だけを残しているのみだったため、今回の訪問もそれほど期待しておりませんでした。
桃浦駅跡地に近づくと、駅舎があったあたりに新しい建物が建っていることが遠目に分かります。が、入口に「この中は私有地です。入らないでください。」の文字。遠目に眺めて、場を後にします。。。
霞ヶ浦側から桃浦駅にアクセスすると、ホームが残っていることが分かります。線路部分にはソーラーパネルが敷き詰められています。こちら側からアクセスしても、本当の意味ではここも私有地なのかな?って思いながら場を去ります。
10)八木蒔駅
《八木蒔駅》
霞ヶ浦側を沿うように走っていた鹿島鉄道線は、ここでいったん陸地側に入っていきます。八木蒔駅(やきまきえき)。ちょっと読みづらい駅です。
11)浜駅
《浜駅》
いったん山寄りに入った鹿島鉄道線は再び、霞ヶ浦に寄り添います。
国道から浜駅方面にアクセスすると、「浜驛道開設記念碑」と読めるような気がする碑があります。こんな石碑、あったかな~。あったんだろうな~。廃線前の各駅乗り潰しの当時、駅周辺はかなり散策した記憶はあるけど、見落としていたんだな~。
で、浜駅跡地に着くと、そこは金網で仕切られ、ソーラーパネルで埋め尽くされていました。線路があった位置やホームがあったであろう位置はなんとなく分かる気がしますが、散策する気が失せるほど、びっちりとソーラーパネルが敷き詰められていたので気力が無くなりました。。。
12)玉造町駅
《玉造町駅》
鹿島鉄道鉾田線営業時、基幹駅のひとつであったであろう、玉造町駅。現在はかしてつバスのロータリーとして利用されているそうで、駅名は「玉造駅」になりました。玉造町駅の訪問は、廃線後初です。
玉造町駅の駅舎があった敷地の一部は住宅用の敷地となっています。玉造町駅の駅舎や駅ホームなどはまったく面影がありません。駅前ロータリーはバスのロータリーとして現在も使われています。ロッジ風のトイレ設備は、鹿島鉄道時代のものだ。
トイレの目隠しになっている壁には、鹿島鉄道延命のシンボル、かしてつくんのイラストが描かれています。
日照によるものなのか、日影による湿気によるものなのか、表裏でイラストの保存状態がぜんぜん異なるかしてつくんでした。。
13)榎本駅
《榎本駅》
榎本駅も未訪問の駅でした。事前調査の地図を手に榎本駅跡地に訪問するも、あたりは住宅地化されており、線路跡だけが柵で仕切られています。
14)借宿前駅
《借宿前駅》
駅名が情緒深い「借宿前駅」。借宿前駅は好きな駅名のひとつです。しかし、車窓から駅周辺を眺めただけで、降り立ったことが無い駅でした。
借宿前駅のホームから見える山々の風景。今は昭和でも平成でもない、令和でっせ~。俺っちはこういう風景や土地、労働をすべてリスペクトしているけど、「鉄道が走る」必要性があった場所なのか?と疑問を持ちました。(だから廃線になったんだろうけど)
鹿島参宮鉄道として開業した当時は、鹿島神宮への参拝鉄道としての利用のほか、こういった土地で獲れる収穫物を運ぶことも視野に入れていたそうです。この地域ではあまりなじみのない、「たばこ」の生産、流通も計画していたとか。
15)巴川駅
《巴川駅》
巴川駅は鹿島鉄道鉾田線が廃線になる前に、降りたったことがあります。地元民が駅回りをきれいに整備していたことを記憶しています。鹿島鉄道廃線後、初訪問です。
ところが、巴川駅があった辺りは住宅地化が進んでおり、駅ホームなども撤去済みとなっていました。また、線路跡は道路に転換されたばかりで、鹿島鉄道が営業していた当時の基準となるものが何ひとつ分からない状態でした。
写真右手の二階建ての個人住宅が過去の写真との比較基準になるかと思ったのですが、建替えしたのか見た目が昔と異なっており、基準にならないのです。。
16)坂戸駅
《坂戸駅》
坂戸駅は好きな駅。坂戸駅から歩いて、ほっとパーク鉾田に入湯しに行ったこともありました。
坂戸地域の集落に、細い道があります。ここを入っていくと、坂戸駅。
17)鉾田駅
《鉾田駅》
鉾田駅はこの前(2018年)訪問したばかり。
大洗鹿島線 新鉾田から輪行で帰る
鹿島鉄道鉾田線の鉾田駅と、大洗鹿島線の新鉾田駅は地理的に接続していません。新鉾田駅は、鉾田駅から1キロほど離れた場所にあります。もし、この二つの駅、路線の乗り換えが容易にできるほど近かったら、また違う時代を築いたかもしれません。
新鉾田駅駅構内はエレベーター設置工事中。きっぷを買って改札を通ります。
ENDING
新鉾田駅
石岡駅 , 土浦駅
帰りの常磐線は接続の都合上、鈍行利用。石岡駅、土浦駅と停車します。
土浦駅では車両後方に増結作業があったため、10分ほどの待ち時間が発生します。このとき、大相撲土浦の星、高安関が優勝巴戦に敗北したことをネットで知りました。
おみやげ
水戸駅構内のおみやげ屋で購入したおみやげ。天狗納豆社のわら納豆(大粒)。「たちばな」と記載がある。
実際に自転車で走ったルート:廃線 鹿島鉄道線の旅22
スタート地点:常磐線 JR石岡駅 , 鹿島鉄道鉾田線 石岡駅
ゴール地点:鹿島鉄道鉾田線 鉾田駅 → 大洗鹿島線 新鉾田駅
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… #石岡市 #小美玉市 #行方市 #鉾田市
〔この項、おしまい〕