記録映像から見つけた茨城百景_水郷牛堀
昭和25年(1950)05月10日、茨城観光審議会が茨城県内の100の景勝地を制定し、名称を『茨城百景』としました。茨城百景に該当する場所には、茨城百景碑が設置されました。 今年2020年(令和02年)から換算し、茨城百景碑が建立されてから『70年の年月』が経過したことになります。設置された多くの茨城百景碑は健在ですが、行方が分からなくなった碑も存在します。 行方の分からなくなった茨城百景碑のひとつに、「066 水郷牛堀」があります。 茨城百景碑 066 水郷牛堀 は永らく、下記に掲載する「茨城百景入選記念碑」を正式な茨城百景碑として皆が認識していました。
茨城県庁 ビデオライブラリー
今から16年前の2004年(平成16年)11月。 ワタクシはインターネット上の茨城県サイトにて、茨城県庁内〔茨城県水戸市笠原町〕に「ビデオライブラリー」設備があることを知りました。その「ビデオライブラリー」では、茨城県が過去に作成した公式動画が多数用意されています。 その「ビデオライブラリー」を見るため、常磐線と路線バスを乗り継ぎ、茨城県庁入りしたのは、(2004年)11月29日のことでした。 「ビデオライブラリー」には動画が多数用意されており、実際に見始めると時間はあっという間に過ぎていきます。 普段、茨城県庁にはなかなか来ることができませんので、素材を吟味しながら動画を選別し、拝見します。 その動画の中で、動画「水郷」があります。 ワタクシもよく知らない、昔の土浦駅の風景、霞ヶ浦の風景などが流れます。 路線バスが(旧)北利根橋を渡り、乗車していた女性達が降り立った場所のシーンで、あっ!と思いました。 見慣れた碑がある。 目をこらして確認すると、それは、「茨城百景 066 水郷牛堀」の碑でした。 令和02年現在、この「茨城百景 水郷牛堀」(正式版)の碑は、存在、安否を確認できておりません! アーカイブ「水郷」において、旧 北利根橋のたもとに存在していたことを確認することができたのです!!権現山公園に存在する、茨城百景入選記念碑 水郷牛堀
「茨城百景 水郷牛堀」の「入選記念碑」は現在、潮来市内の権現山公園内に存在します。場所:権現山公園
名称:権現山公園 住所:茨城県潮来市牛堀174−1茨城百景入選記念碑 水郷牛堀
権現山公園内に設置された茨城百景 水郷牛堀の碑は、意匠から見ても明らかに公式のものとは異なります。実際、碑には「茨城百景入選記念碑」と記されています。
茨城百景 066 水郷牛堀
建立責任者 牛堀町長/牛堀観光協会長 鳶和雄 昭和60年4月21日建立とあります。 ご存じの通り、茨城百景は昭和25年に制定され、建立された碑には「昭和25年」と刻まれるべきものです。 「昭和60年」とあるのは、茨城県にとって「科学万博/つくば’85/国際科学技術博覧会/EXPO85」があった年。万博の熱に押されて、当時の牛堀町長(現 潮来市)が建立したのは頷けます。
現在の北利根橋
ライブラリー「水郷」にて、茨城百景碑が存在していた「旧・北利根橋」は現在は存在しません。 現在は場所を100メートルほど北に移した場所に、二代目の北利根橋が架かっています。令和の今、YouTubeで動画を観られる!
茨城県庁であのとき見たビデオも、今ではYoutubeで拝見することができます。 (当時からネットで動画を見ることもできましたが、専門サーバー上にデーターが置かれ、専用の動画ソフトで再生させていた気がします)正確には、平成時代の段階でYoutubeで動画を観ることができました。
肝心の「茨城百景 水郷牛堀」の碑が登場するシーンは、「11:35」辺りです。
Youtubeで茨城の歴史を再考するのも、面白いと思いました。
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