土浦八坂神社祇園祭_送り祇園の旅19_190728

土浦八坂神社祇園祭_送り祇園の旅19_190728

土浦八坂神社祇園祭_送り祇園の旅19_190728

土浦の八坂神社祇園祭は今日、令和元年07月28日の「3日目」が最終日。

にぎやかな雰囲気があるのは、昨日2日目(07月27日)の礎会による神輿渡御です。今日3日目は「送り祇園」といって、神輿に乗った神様を八坂神社にお送りする、という行事です。

神様(天王様/スサノオノ命)をお送りする「神輿還御」は、それほど早い時間に始まりません。土浦に訪問する時間はゆっくりで良く、タイムスケジュール的に余裕があります。昨日(27日)の訪問時間より1時間ほど遅い正午頃に、常磐線で土浦駅入りします。

 

我孫子駅で弥生軒の唐揚うどんをいただいてから土浦入り

今日も我孫子 弥生軒で唐揚うどん。

今日も我孫子 弥生軒で唐揚うどん。

下り常磐線は土浦駅へ。土浦市街地が見える。

下り常磐線は土浦駅へ。土浦市街地が見える。

土浦八坂神社へどうやって訪問するか?

この祇園祭の主たる神社である「土浦の八坂神社」って、実は一度も訪問したことがありませんでした。土浦八坂神社の位置をiPhoneのGoogleMapで調べてみると、茨城県立土浦第一高等学校(土浦一高)〔茨城県土浦市真鍋4丁目〕の近くにあるようです。土浦駅から真鍋地区までは歩いて行けなくはないけど、今日は暑いのでバスで行きたい。
土浦駅から真鍋地区まで行くバス路線は、いくつかあります。土浦駅に到着した時間帯でバスの時刻表を検索すると、「まちづくり活性化バス キララちゃん」で土浦八坂神社近くまで行けるようです。そのバスは、土浦駅東口から巡回しています。

 

土浦駅から土浦港 土浦入りへ

土浦駅に到着。
土浦駅の東口に出てみます。まだ「地域バス」が来るには1時間くらい時間があるので、土浦入りまで見に行ってみます。

土浦観光案内所はお昼休憩。

土浦観光案内所はお昼休憩。

コンコースには来週の「土浦キララまつり」の横断幕。

コンコースには来週の「土浦キララまつり」の横断幕。

土浦市街地に続いていた桜川(霞ヶ浦)は埋め立てられてしまいましたが、形式として「橋」が残ります。

土浦市街地に続いていた桜川(霞ヶ浦)は埋め立てられてしまいましたが、形式として「橋」が残ります。

「港橋」。土浦港の霞ヶ浦とつながっていた桜川は埋め立てられましたが、モニュメントとして橋のスタイルを残します。

「港橋」。土浦港の霞ヶ浦とつながっていた桜川は埋め立てられましたが、モニュメントとして橋のスタイルを残します。

地域バスは土浦駅前を出たあと、バス停「港橋」に来るので、こちらから乗ることにしよう。

県道263号を北上するとバス停「港橋」。

県道263号を北上するとバス停「港橋」。

土浦港、土浦入り方面に入っていく。

土浦港、土浦入り方面に入っていく。

 

整備工事が始まる土浦港

土浦入りがある川口運動公園の方へ入っていくと、いつもとちょっと何かが違う。。
よく見ると、歩道部分の植え込みやタイル等をひっぺ剥がして、整備をしているでは無いですか!?

「快適な歩道になおしています」の看板。

「快適な歩道になおしています」の看板。

歩道の古いタイルを剥がし、改修中!

歩道の古いタイルを剥がし、改修中!

うぉー!!
ここ霞ヶ浦の土浦入りは、歩道のタイルがガタガタで、草木で視界が悪く、夜になると治安まで悪くなるようなダークなイメージでした。それがこうして、きれいに整備されようとしています!「快適な歩道になおしています」の発注者は、土浦市役所!!

中川市長、ありがとうございます!
土浦市の市長が中川市長になって、もう16年以上になりますか!?今まで土浦駅前、土浦市街地の衰退を見てきて、中川市長を恨んだ時期もありました。ここ土浦入りをカイゼンしてくれるなんて、オレ初めて市長に感謝しています!!ありがとうございます!

《動画》 霞ヶ浦 土浦入りの整備が始まっている (190728)

 

たぶん、この歩道の整備が終わったら、水郷汽船があった場所(京成マリーナがあった場所)も整備が始まるような気がする。。また再び、霞ヶ浦の土浦、土浦の霞ヶ浦が復活する気がする!!!!!!!!!!(x256)

茨城観光100選 土浦港 →茨城百景 土浦港

茨城観光100選 土浦港 →茨城百景 霞ヶ浦と土浦港

色川三郎兵衛 像。土浦の醤油屋であり、政治家。

色川三郎兵衛 像。土浦の醤油屋であり、政治家。

『三帆ひろば』(SANPO PARK)〔茨城県土浦市川口〕<br>現在は霞ヶ浦の展望広場として整備しようとしていますが、かつてここには、土浦京成ホテルやレストランランデブー、ゴーカート乗り場、観光船フリッパー号などがある、遊園地みたいな場所でした。

『三帆ひろば』(SANPO PARK)〔茨城県土浦市川口〕
現在は霞ヶ浦の展望広場として整備しようとしていますが、かつてここには、土浦京成ホテルやレストランランデブー、ゴーカート乗り場、観光船フリッパー号などがある、遊園地みたいな場所でした。

と、夢想していたら、さきほどのバス停「港橋」にバスが来る時間。。川口運動公園の外にある、昭和30年代の汚ったない便所を横目に見ながら、バス停に向かいます。

バス停港橋に戻ります。

バス停港橋に戻ります。

川口運動公園脇のトイレを改修して欲しい。

川口運動公園脇のトイレを改修して欲しい。

 

キララちゃんバスで真鍋方面へ移動

キララちゃんバスは時刻通り運行。

キララちゃんバスは時刻通り運行。

バスはピアタウンも寄る。近くにおじさんが住んでいる。

バスはピアタウンも寄る。近くにおじさんが住んでいる。

キララちゃんバスは1回150円。俺のおじさん(母方の兄)が近くに住んでいるピアタウン土浦を通り、バスはバス停「真鍋宿通り」に到着。

恐らく「真鍋祇園祭」の提灯取付けでしょう。

恐らく「真鍋祇園祭」の提灯取付けでしょう。

キララちゃんバスは、バス停「真鍋宿通り」に到着。

キララちゃんバスは、バス停「真鍋宿通り」に到着。

↓ キララちゃんバスで土浦入り(バス停 港橋)からバス停真鍋宿通りに移動

 

旧水戸街道 真鍋宿

この道も、旧水戸街道なんだな。よく見れば街道沿いに、ふるい建築物も残っている。

旧水戸街道(真鍋街道)水戸方面を望む。

旧水戸街道(真鍋街道)水戸方面を望む。

「藤本蠶株式会社」。窓ガラスが割れ、誰もいないようだ。

「藤本蠶株式会社」。窓ガラスが割れ、誰もいないようだ。

この真鍋宿はそのまま南北に旧水戸街道が走っている。東には、鹿島(鹿嶋市)方面に行く鹿島道。西には筑波方面に行く筑波道があり、十字に街道が走っていた。いまでこそスカスカ感のある通りだが、かつてはたいへんな賑わいがあったそうだ。

国指定重要文化財のある、土浦一高の門。

国指定重要文化財のある、土浦一高の門。

国道125号から八坂通りに入っていく。

国道125号から八坂通りに入っていく。

TX車両、小網屋、土浦第一高校、真鍋機関区_040421

真鍋宿から旧水戸街道を南下するとすぐ、土浦宿も着くくらいふたつの町は近い宿場町だった。にもかかわらず、土浦宿と真鍋宿は同じくらいに力を持っていた(繁栄していた)。しかし、それも昔の話。

真鍋宿の方は、今では車でサーッと通り過ぎるだけの町並みになってしまった。。

ちなみに、もう死んでしまった俺っちのおっさん(2017年死去)は、千代田村(現かすみがうら市)に居を構えていた時期がある。もちろん幼児だった俺っちも、千代田村に住んでいた。おっさんは(初代)常陽新聞社に勤めていて、常陽新聞社に通勤するとき、この真鍋水戸街道を南下して出勤していた、って言うのを思い出した。

常陽新聞社 (常陽新聞新社)

常陽新聞社 (常陽新聞新社)

 

 

初めて訪問した、土浦八坂神社

さて、先ほどのバス停「真鍋宿通り」から600mほど北上すると、八坂神社があります。本当に、初めて土浦の八坂神社に来た。。。

土浦八坂神社〔茨城県土浦市真鍋〕

土浦八坂神社〔茨城県土浦市真鍋〕

案内図には、廃線の「筑波鉄道」「真鍋駅」の文字。

案内図には、廃線の「筑波鉄道」「真鍋駅」の文字。

八坂神社前の「住居表示街区案内所」の看板を見ると、すでに廃線でなくなってしまった「筑波鉄道」や「真鍋駅」の文字がはっきりと残っています。表記されている「真鍋駅」って最初は『駅』扱いで、後期に「真鍋機関区」って呼ばれていた。「真鍋駅」と表記されている。

この看板は、筑波鉄道初期の地図なのかな。

土浦八坂神社。「郷社」とある。かなり古い。

土浦八坂神社 拝殿〔茨城県土浦市真鍋〕<br>八坂神社は真鍋台に鎮座し、江戸時代には土浦城の鎮守として、明治時代以降は土浦の総鎮守として奉斎されてきました。本殿、拝殿は、土浦市市指定文化財。

土浦八坂神社 拝殿〔茨城県土浦市真鍋〕
八坂神社は真鍋台に鎮座し、江戸時代には土浦城の鎮守として、明治時代以降は土浦の総鎮守として奉斎されてきました。本殿、拝殿は、土浦市市指定文化財。

額の龍の彫り物は、手が込んでいます。

額の龍の彫り物は、手が込んでいます。

拝殿内にふたつの獅子頭が置かれています。

拝殿内にふたつの獅子頭が置かれています。

 

土浦八坂神社の獅子

境内に入っていくと、たしかに今日、神輿が戻ってきそうな雰囲気があります。拝殿の扉は開け放たれ、畳もきれいだ。拝殿内をよく見ると、2つの獅子。昨日、御仮屋で見た獅子がこちらの拝殿に移動してきたのだろう。(まさか、あのような状態の獅子頭が、土浦市内に2ペアもあるはずがない)

境内を掃除されていた方に許可をもらい、拝殿上がらせていただき、獅子を撮影させてもらった。この獅子は、土浦で作られたもの。江戸時代の作だそうだ。一部耳や、歯が欠けてしまっている。黒目がちな感じは、バンド 仙台貨物 のイガグリさんのようだ。たいへん良いものを見せていただいた。

赤い獅子頭。黒目がちな江戸時代の作。

赤い獅子頭。黒目がちな江戸時代の作。

黒い獅子頭。どちらも土浦で作られた獅子頭とのこと。

黒い獅子頭。どちらも土浦で作られた獅子頭とのこと。

赤い獅子頭を内側から撮影。獅子頭の下顎部分は稼働しますが、可動部分の痛みが激しい。。

赤い獅子頭を内側から撮影。獅子頭の下顎部分は稼働しますが、可動部分の痛みが激しい。。

黒い獅子頭。耳の漆喰が大きく剥がれてしまっている。。。

黒い獅子頭。耳の漆喰が大きく剥がれてしまっている。。。

時間は13時30分くらい。
スケジュール表では、亀城公園辺りで神輿と山車が合流する予定。ここはバスで、土浦一高から亀城公園へもどります。

 

路線バスで亀城公園方面へ戻ります

バス停「土浦一高前」。亀城公園までワープ。

バス停「土浦一高前」。亀城公園までワープ。

バス停亀城公園前。桜町の山車がやってきます。

バス停亀城公園前。桜町の山車がやってきます。

バス停「亀城公園」で下車。ちょうど、桜町の山車4基が亀城公園前に集合しています。

桜町四丁目の山車。

桜町四丁目の山車。

桜町二丁目の山車。

桜町二丁目の山車。

 

茨城百景 包括風景 桜川堤と亀城公園

茨城観光100選 亀城公園→茨城百景 桜川堤と亀城公園

茨城観光100選 亀城公園→茨城百景 桜川堤と亀城公園

亀城公園の名称の由来は、冠水時に亀の甲羅のように島が残るから、というのがありますが、後付け?で池に亀がいます。

亀城公園の名称の由来は、冠水時に亀の甲羅のように島が残るから、というのがありますが、後付け?で池に亀がいます。

 

「送り祇園」の神輿の運び方

八坂神社の神輿も発見しましたが、今日は神輿は台車に乗せられているだけで、担がれてはいません。「送り祇園」のときは、八坂神社奉賛会の手により、神輿は台車に乗せて各町内の氏子を渡御していくのです。

八坂神社奉賛会による、神輿の渡御。

八坂神社奉賛会による、神輿の渡御。

神輿は台車に乗せて渡御(移動)しています。

神輿は台車に乗せて渡御(移動)しています。

神輿は氏子や宮司宅に寄りながら神社に戻ります。

神輿は氏子や宮司宅に寄りながら神社に戻ります。

寄り道していたら、一気に神輿に空けられる。

寄り道していたら、一気に神輿に空けられる。

筑波鉄道(廃線)新土浦駅ホーム跡。

筑波鉄道(廃線)新土浦駅ホーム跡。

バス停「真鍋宿通り」に戻ってきてしまった!!

バス停「真鍋宿通り」に戻ってきてしまった!!

 

「送り祇園」で再び土浦八坂神社に戻ってきてしまった

神輿について行くつもりはなかったけど、だらだらと旧水戸街道を撮影しながら神輿についていったら、また土浦八坂神社に戻って来てしまった!!(><)。

ずいぶん早く移動すると思ったら、車で牽引していた。

神輿はずいぶん早く移動するな~と思ったら、車で牽引していた。

神輿と一緒に、八坂神社に戻ってきてしまった。

神輿と一緒に、八坂神社に戻ってきてしまった。

神輿も無事に八坂神社に戻っていったし、土浦八坂神社祇園祭の旅はこれにて終了。土浦駅に戻ります。

 

土浦駅市街地を経由して常磐線土浦駅へ

桜町の山車は、土浦市街地を巡行していました。

桜町の山車は、土浦市街地を巡行していました。

視界が広くなった土浦中央通り商店街。

視界が広くなった土浦中央通り商店街。

土浦駅前の旧丸井を眺める。

土浦駅前のペデストリアンデッキから、旧丸井土浦店を眺める。

>>「龍ケ崎祇園祭 撞舞の旅19_190728」につづく

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