茨城百景_北浦の景観と水郷鉾田

茨城百景_北浦の景観と水郷鉾田

茨城百景 名称 北浦の景観と水郷鉾田
読み方 きたうらのけいかんとすいごうほこた
包括風景 烟田城址
地域 茨城県鉾田市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 ※調査中(立地上、確認することができない)
説明
関連リンク
注釈
180616 #潮来花嫁さんは自転車で行く18
170505 #ぐるり茨城17
060211 鹿島鉄道鉾田線 茨城百景の旅

 

北浦の景観と水郷鉾田

水郷鉾田

鉾田市街地

茨城県立鉾田第二高等学校から鉾田市街地を望む

茨城県立鉾田第二高等学校から鉾田市街地を望む

鉾田市は、2005年(平成17年)、鉾田町(鉾田町、徳宿村、巴村、新宮村、行方郡秋津村)、旭村、大洋村が合併して発足しました。旧鉾田町は東側が鹿島灘に臨み、南側は北浦の北端に面し、南西を巴川が南東に流れて北浦に流れ込んでいます。

江戸時代、水戸から北浦を経て江戸へ送る物資の積み替え地として賑わい、陸上交通の要となっていました。巴川や七瀬川、北浦では豊かな水田地帯が開け農業に長け、内陸部ではすいか、サツマイモ、メロン、野菜などが栽培されています。

巴川

巴川を渡る、鹿島鉄道鉾田線(廃線) 2006年02月11日撮影。

巴川を渡る、鹿島鉄道鉾田線(廃線) 2006年02月11日撮影。

巴川・・・笠間市(岩間)辺りから小美玉市を経て、鉾田市から北浦へ注ぐ、約32キロメートルの一級河川です。古くは「鞆絵川」と書かれ、茨城、鹿島、行方の3郡を三つ巴になって屈曲して流れていたため、この名前が付けられた、と言われています。

鉾田には、お笑いコンビ カミナリ まなぶ君の実家のお店、「スーパータケウチ」があることでも知られています。

 

北浦の景観

鹿行大橋と北浦

鉾田方面から北浦、鹿行大橋を望む

鉾田方面から北浦、鹿行大橋を望む

 

北浦大橋と北浦

#北浦大橋 を初めて渡ったんだけど、圧巻だったな。 #ぐるり茨城17 #theta360 – Spherical Image – RICOH THETA

 

烟田城址

〔訪問予定〕

烟田城址(かまたじょうし)は、現在の鉾田市立新宮小学校〔茨城県鉾田市烟田〕(平成31年03月31日閉校)の場所にありました。13世紀前半、大掾(だいじょう)氏一族の鹿島朝秀がこの地を領し、その子孫が烟田氏を名乗ったものと考えられています。しかし、その拠点が現在の烟田城址であるかは不明です。

天正08年(1590)、小田原の役の際、城主烟田通幹は佐竹氏に従って小田原へ参陣しましたが、翌年の「南方三十三館の仕置き」により、佐竹善宣に誘殺されました。その直後、烟田城は徹底抗戦するも佐竹勢に攻められ落城し、鎌倉時代より続く烟田氏は滅亡します。

 

 

 

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