茨城百景_高鈴山ハイキングコース

茨城百景_高鈴山ハイキングコース

 

茨城百景 名称 高鈴山ハイキングコース
読み方 たかすずやまはいきんぐこーす
包括風景 神峯山,高鈴山,御岩山,御岩神社,玉簾の滝
地域 日立市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 高鈴山ハイキングコース
説明
関連リンク
注釈

 

日立市の阿武隈山脈 高鈴山ハイキングコース

 

日立市は面積の5分の3が山となっており、阿武隈山脈が連なります。
日立駅、日立市街地を基点とし、南から時計回りに助川山、高鈴山、御岩山、神峰山、羽黒山と包み込むように聳え、それぞれの尾根を結ぶようにハイキングコースが用意されています。

助川山は、平成03年(1991)03月07日に発生した山林火災により、約218ヘクタールが焼失してしまいました。翌年から火災跡地の150ヘクタールを「森林公園」として整備し初め、1998年に『助川山市民の森』として活用されるようになりました。

助川山 山頂(328.8m)らの眺め<br>日立市、日立駅前の市街地を一望できます。

助川山 山頂(328.8m)らの眺め
日立市、日立駅前の市街地を一望できます。助川山は茨城百景 高鈴山ハイキングコースには包括風景も含め、含まれていません。

公園は自然の地形を生かし、軽装でも体を動かして楽しめる運動施設として市民に愛されています。

 

「時は流れても」のボード<br>この道はその昔、会瀬や小木津の海で捕れた魚や塩を、高鈴山を通って里見や大子などの山間部へ運ぶ山道だったのです。

「時は流れても」のボード
この道はその昔、会瀬や小木津の海で捕れた魚や塩を、高鈴山を通って里見や大子などの山間部へ運ぶ山道だったのです。

 

その一角、おにぎり池の右手からは、高鈴山へ続くハイキングコースへと続きます。
『助川市民の森』で見せていたやさしい顔はどこへ行ったのか、急に「自然のたくましさ」を表わしてきます。

歩くこと30分ほど、金山百体観音と呼ばれる場所に出ます。

 

金山百観音<br>高鈴ハイキングコースのかたわらに、石の祠を囲むように並んだ70基ほどの石仏からなります。多くは西国と秩父のもので、ほとんどが江戸時代の安永3年(1774)に建てられたものです。元はそれぞれ別な場所にあったともいわれています。ここ金山で数少ない板東のものは、西方の御岩山に建立されたのではないかと考えられています。

金山百観音
高鈴ハイキングコースのかたわらに、石の祠を囲むように並んだ70基ほどの石仏からなります。多くは西国と秩父のもので、ほとんどが江戸時代の安永3年(1774)に建てられたものです。元はそれぞれ別な場所にあったともいわれています。ここ金山で数少ない板東のものは、西方の御岩山に建立されたのではないかと考えられています。

 

高鈴山(標高623.3m)

 

金山百体観音から歩くこと1時間、高鈴山山頂、あかさわ山荘方面、かみすわ山荘方面へと分岐する平場に出ます。この場所へは麓から車で上ってこられる道が整備されています。

整備された山道を登り切ると、高鈴山の山頂に着きます。
ここには関東では4つしかないレーダー観測所があります。

 

高鈴山 山頂(623.3m )<br>自分のように、日立市街地方面や、御岩神社方面、神峰山方面と、いくつかの登山ルートがあり、お昼時の山頂は賑わいます。

高鈴山 山頂(623.3m )
自分のように日立市街地方面からくる登山者の他に、御岩神社方面、神峰山方面からと、高鈴山頂上に来るルートはいくつかあります。よって、お昼時の山頂は賑わいます。

 

御岩山

高鈴山山頂から御岩山山頂までは30分。
常陸國風土記に出てくる「賀毗禮之高峯(かびれのたかみね)」と呼ばれる場所。

「赤い石」がパワースポットとして知られ、岩場の陰にある「赤い石」を探しに来る登山客もおられます。

御岩山の「赤い石」<br>この手のパワースポットは「触れてはいけない」説がありますが、登山客は議論が分かれていました。

御岩山の「赤い石」
この手のパワースポットは「触れてはいけない」説がありますが、登山客は議論が分かれていました。

 

御岩神社

御岩山からは茨城45景の御岩神社(茨城県日立市入四間町)へ下りる事ができます。

御岩神社 拝殿<br>御岩神社は、江戸時代には御岩山権現とも呼ばれ、参詣人は門前町である入四間宿にて宿泊したり、休息したりしました。徳川斉昭により神仏習合が否定され、唯一神道に改められ、また明治時代には神仏分離で権現名が禁止され、御岩神社になりました。

御岩神社 拝殿
御岩神社は、江戸時代には御岩山権現とも呼ばれ、参詣人は門前町である入四間宿にて宿泊したり、休息したりしました。徳川斉昭により神仏習合が否定され、唯一神道に改められ、また明治時代には神仏分離で権現名が禁止され、御岩神社になりました。

 

参道から入ると御岩山の三本杉(県指定天然記念物)があります。幹囲は8.4m、樹高は39mもあります。ひと株が三つの幹に別れたのか、三つの株が癒着したのかは不明です。近年、御岩神社はパワースポットとして認識され、多くの参拝者で賑わいます。

御岩山から御岩神社方面へ降りず、峰伝いに進むと向陽台。
茨城県県道36号の本山トンネル(平成元年開通)出口付近に出られます。

 

神峰山(598m)

 

更にハイキングコースを進むと、20分ほどで神峰神社が見えてきます。そして神峰山頂上。ここには古くは日立鉱山の気象観測所があり、気象や日立の大煙突の煙を常駐観測していました。昭和43年に常駐観測が終了し、現在は雨量の観測だけが行なわれています。

神峰山 山頂(598m)と日立台煙突記念碑<br>神峰山山頂からは日立の大煙突が眺められます。常陸関連企業が設置した、大煙突の記念碑。

神峰山 山頂(598m)と日立台煙突記念碑
神峰山山頂からは日立の大煙突が眺められます。日立関連企業(株式会社ジャパンエナジー、日鉱金属株式会社)が設置した、大煙突の記念碑。

 

大正04年03月 太平洋の大海原を眺望する多賀山地に155.7メートル、当時世界一の大煙突が完成した。日立鉱山の創業者・久原房之助は深刻化する煙害問題の抜本解決を期し、のべ3万7千人の人員と鉱山・精錬所起業費の1割強に当たる15万2千余円の巨費を投じた。建設の根底には地域社会との共存共栄を希う企業家精神と克己をもって事に処す諸先達の苦心惨憺があった。
●来、屹立する大煙突は日立の街づくりに一紀元を画し、世界にはばたく工業都市・日立のシンボルとされた。朝に夕にこれを目のあたりにすること七十幾星霜多くの市民のふるさととなった。
平成05年02月19日、大煙突が倒壊した。深い寂寥感の中にも市民の寄せる惜別と愛着の念は限りない。一企業の範疇を超え、常に街の方々の心とともに歩んだ大煙突。その軌跡は永遠に語り継がれるであろう。
郷土の皆様の長年の御厚志に心から感謝の意を表するとともに、環境保護を念じた諸先輩の不屈の精神と行動を後生に伝えるべく、ここ神峰山頂にありし日の大煙突の雄姿を刻して記念碑を建立する。

平成06年09月
株式会社ジャパンエナジー
日鉱金属株式会社

 

歩くこと40分、羽黒山頂(490.8m)。眺めはゼロ。
さらに30分で、蛇塚。大煙突展望台へと繋がります。

 

玉廉の滝

 

御岩神社参拝道から西へ5キロほど抜け、県道349号を南に下りると、玉廉寺(ぎょくれんじ)、玉廉の滝があります。

 

 

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