茨城百景_板橋不動尊と金村別雷神社

茨城百景_板橋不動尊と金村別雷神社

茨城百景 名称 板橋不動尊と金村別雷神社
読み方 いたばしふどうそんとかなむらわけいかずちじんじゃ
包括風景 福岡堰
地域 茨城県つくば市、つくばみらい市 / 伊奈村、豊里町
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 板橋不動尊と金村別雷神社
説明
関連リンク
注釈

 

板橋不動尊

板橋不動尊 楼門〔茨城県つくばみらい市板橋〕

板橋不動尊 楼門〔茨城県つくばみらい市板橋〕

板橋不動尊。正確には「清安寺願成寺不動院」と言います。つくばエクスプレス みらい平駅から東南に、綱火(小張式)で有名な愛宕神社を通り2.5キロの場所。
不動院 楼門(元禄年間 1688-1704)、三重塔(安永元年/1722)、大本堂(江戸時代中期)は、県指定重要文化財。

板橋不動尊 三重塔〔茨城県つくばみらい市板橋〕

板橋不動尊 三重塔〔茨城県つくばみらい市板橋〕

板橋不動尊 大本堂〔茨城県つくばみらい市板橋〕

板橋不動尊 大本堂〔茨城県つくばみらい市板橋〕

大同年間(806-810)、弘法大師が開基したとされます。平安時代の作とされる木造不動明王及二童子立像は、国指定重要文化財です。

金剛力士(二王/仁王)_那羅延金剛(ならえんこんごう)。

金剛力士(二王/仁王)_那羅延金剛(ならえんこんごう)

金剛力士(二王/仁王)_密迹金剛(みつしゃくこんごう)。

金剛力士(二王/仁王)_密迹金剛(みつしゃくこんごう)

 


金村別雷神社

茨城百景_金村別雷神社

茨城百景_金村別雷神社

茨城百景 名称 板橋不動尊と金村別雷神社
読み方 いたばしふどうそんとかなむらわけいかずちじんじゃ
包括風景 福岡堰
地域 茨城県つくば市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 金村別雷神社
説明
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注釈

 

金村別雷神社(かなむらわけいかずちじんじゃ)〔茨城県つくば市上郷〕は、関東鉄道常総線 三妻駅方面から県道123号を東へ2キロ、小貝川を渡り左折し北へ1キロ程度進んだ小貝川のほとりにあります。

承平年間(931-938)、この地方の領主豊田氏が、五穀豊穣を願って山城国(京都)加茂別雷神社(上賀茂神社)〔京都府京都市北区上賀茂本山〕の分霊・勧請をしたのが始まりと言われています。雷除けや疱瘡治癒の神として信仰されてきました。本殿は正徳元年(1711)の棟札があり、県指定文化財。

 


福岡堰

茨城百景_福岡堰

茨城百景_福岡堰

茨城百景 名称 板橋不動尊と金村別雷神社
読み方 いたばしふどうそんとかなむらわけいかずちじんじゃ
包括風景 福岡堰
地域 茨城県つくばみらい市
碑の現存 現存する
実際の碑への記載 福岡堰
説明
関連リンク
注釈

 

福岡堰〔茨城県つくばみらい市仁左衛門新田〕は、関東鉄道常総線 中妻駅とつくばエクスプレス みどりの駅の中間に南北に流れる、小貝川の堰の関東三大堰のひとつです。
〔関東三大堰:豊田堰・岡堰・福岡堰〕

元和年間、関東郡伊奈半十郎忠治の支配する、鬼怒川・小貝川の分流域にあたる干拓地の灌漑用水として作られた堰です。寛永02年(1625)に堰き止め、灌漑用水としたのがはじまりで当初は山田沼堰と言われ、享保07年(1722)に福岡地内に改設して福岡堰となりました。

福岡堤には約550本ものソメイヨシノが植えられ、桜の名所となっています。茨城百景碑の他に、茨城四十五景碑もあります。

 

 

 

 

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