科学万博-つくば’85(国際科学技術博覧会/EXPO’85)が開催された昭和60年(1985年)、常磐線牛久駅と荒川沖駅の間に臨時駅が設けられました。その名も『万博中央駅』です。科学万博閉幕後、万博中央駅は閉鎖され、解体されてしまいました。。
万博中央駅跡地には「記念碑」が設けられましたが、平成10年(1998)にひたち野うしく駅(茨城県牛久市)が開業される前後にこの記念碑は行方不明になっていました。(このときの捜索の模様はコチラ「04 常磐線 万博中央駅にあった記念碑の行方 その1」から)
牛久市役所(茨城県牛久市)で管理されていた記念碑「飛翔」。
科学万博からおよそ20年後の今日、牛久西公園に記念碑が復活しました。

常磐線 ひたち野うしく駅(西口)_2005年04月17日撮影
常磐線 ひたち野うしく駅に初めて訪れたのは、2000年07月。当時ひたち野うしく駅の西口は建物などはまったく無く、駐車場と駅前ロータリーだけでした。反対側の東口整備のほうが先に着手されていました。
2005年現在では西口にも高層マンションが建ち始め、住宅地として展開が始まっています。

牛久西公園の一角に万博中央駅の記念碑_2004年10月16日撮影
ひたち野うしく駅西口から西大大通りを西へ徒歩5分ほど。初訪問の2001年以前から工事されていた、牛久西公園(現 ひたちのみずべ公園)。公園の一角に、見覚えのある碑がひっそりとたたずみます。。

常磐線 万博中央駅跡地にあった記念碑「飛翔」_2004年10月16日撮影
あの日、牛久市役所で案内していただいた、万博中央駅記念碑「飛翔」です(T▽T)。。

万博中央駅跡地の記念碑「飛翔」裏面_2004年10月16日
記念碑「飛翔」が牛久市役所にあったときは平置きされていたので見ることのできなかった裏面も、しっかりと見ることができます。
このページは、2004年10月16日時点の情報に基づいて、2005年10月14日に書かれています。
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あんたは偉い!茨城は地域おこしが上手くないと感じていますが、あなたのような方がいないと、どんどん沈んでいきそうで怖いです。盛り上げていきましょう。