04 常磐線 万博中央駅にあった記念碑の行方 その1

JR常磐線_ひたち野うしく駅_西口_2001年06月撮影

科学万博つくば’85国際科学技術博覧会/EXPO’85)で、国鉄常磐線に臨時に設置された万博中央駅
万博終了後、壊されてしまった駅舎跡には「記念碑」が設置されました。
科学万博閉幕の1985年(昭和60年)から13年後の1998年(平成10年)、万博中央駅とほぼ同じ場所にひたち野うしく駅が建てられた時、その「記念碑」の行方が分からなくなってしまいました。

万博中央駅とは

1985年03月17日(開幕日)から09月17日(閉幕日)まで、茨城県谷田部町(現在のつくば市)で行なわれた、科学万博 つくば’85
万博中央駅は、科学万博会場のアクセス駅のひとつとして設置された国鉄の駅。
常磐線牛久駅荒川沖駅の間に、臨時駅として設けられました。

国鉄_常磐線_万博中央駅_科学万博

国鉄_常磐線_万博中央駅_科学万博のアクセス駅のひとつとして使用。
さいきの駅舎訪問 西崎さいきさん 提供

 

科学万博閉幕後の万博中央駅跡地

1985年09月に科学万博が閉幕後、地元牛久市の意向に反し、万博中央駅は撤去されてしまいました。
駅舎は撤去されましたが、ホームや駅周辺の道路はそのまま残されました。
残された跡地は暴走族(ヤンキー)の溜まり場と課してしまったため、入ることができないように封鎖されました。

万博中央駅跡地には「記念碑」が設置され、その記念碑には「かつてここに万博中央駅があり・・・」と記されていたようです。

 

JR ひたち野うしく駅が完成

常磐線 ひたち野うしく駅 西口2001年06月11撮影

常磐線 ひたち野うしく駅 西口
2001年06月11撮影

そして1998年03月14日、科学万博の閉幕から13年ぶりに、万博中央駅とほぼ同じ場所に「ひたち野うしく駅」が建てられ、完成しました。
ひたち野うしく駅建築で駅周辺が整備される中で、前述の「記念碑」が行方不明になったというわけです。

 

万博中央駅にあった記念碑に関する噂

インターネット上の噂ですと、「(万博中央駅にあった記念碑は)解体してしまった」との声が圧倒的でした。
そこで茨城県を取り扱うサイトの掲示板で書き込みをして調査しました。
時間は経てども思いのほか反応はなく、JRひたち野うしく駅に出向きました。

 

JR、ひたち野うしく駅は管轄外

JR常磐線 ひたち野うしく駅みどりの窓口で駅員さんにいくつか質問をしました。

  1. ひたち野うしく駅が建つ前にあった「万博中央駅」の「記念碑」の行方
  2. ひたち野うしく駅は「万博中央駅」の位置とは違うのではないか?

しかし、駅員さんの反応は「わからない」のコメントだけでした。そして「市で聞いてみてはどうだろうか」とのアドバイス。
ひたち野うしく駅周辺の管轄は、牛久市が該当するようです。

帰宅後、牛久市のホームページを調べました。

 

牛久市のホームページ

牛久市のホームページを調べても万博中央駅どころか、ひたち野うしく駅のことすら書いてありません。
サイト内をさまよっているうちに、問合せメールアドレスを発見。質問を送りました。

  1. 「ひたち野うしく駅」の「記念碑」はどこへ行ったのか?
  2. 「記念碑」の写真は牛久市などの図書館等で見ることは出きるのか?
  3. 「ひたち野うしく駅」は「万博中央駅」の土浦寄り100mに位置しているのは本当か?
  4. 「万博中央駅」等の資料は公営機関で調べることが出きるのか?もし出きるのなら、どういった場所を紹介していただけるのか?

以上の質問を送ってからほぼ一週間後に、牛久市役所の方から回答のメールが来ました。

 

 

このページについて

このページは、2001年04月頃に取材した内容に基づいて書かれています。
また、本文は当時の原稿を加筆修正している関係で、初出典時と写真や表現が異なる場合がございます。

初出展時のタイトル
04 常磐線 万博中央駅の跡地に置かれていた記念碑の行方

 

 

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